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アンドロイドは瞬かない——すこしフシギな人間探究『ブキミの谷のロボ子さん』

生者に似せようとすればするほど屍者の挙動が不気味さを増していく現象は、不気味の谷という名前で知られる。死体はただの死体だが、死化粧を施された死体は何故か不気味さを増す。その死体が動き出したりすれば尚更だ。生者と死者の間には暗く深い谷が横たわる。

伊藤計劃×円城塔『屍者の帝国』(河出書房新社)

 

「自分探しの旅」に繰り出す人たちを心底馬鹿にしている。 旅はいいと思う、ただ「自分探し」という部分が痛々しい。

 

インドに行ったところでせいぜい「日本人としての自分」を発見する程度だろう。 そもそも実在するかもわからない「自分」なるものが見つかると思っていることが、ナンセンス極まりない。

 

その点、屍者や機体(ロボット)はシンプルだ。 人の姿をしていながら人ならざるモノが湛える不気味さは、静かに私たちの自明性を問う。 彼らと私たちは何が違うのか。 「人間とはなにか?」という問いを私たちに投げかける。

 

魂の重み、心の在り処、幾度となく繰り返されたその問いかけが飽きもせず反復されるのは、僕たちが素朴で切実な「他人(ひと)とはなにか?」という問いに、「他人の気持ちがわからない」という絶望に、それを重ねてしまうからかもしれない。

 

僕は未だに躓いている。 彼我に横たわる、暗く深い谷間に。 他人を理解できない、ありふれた絶望に。

 

『ブキミの谷のロボ子さん』伊咲ウタさんが描くのは、他人を理解できない青年。 そして彼の元を訪れた、漆黒に染められた光媒線(ファイバー)の髪をなびかせる、神秘的に精巧(オートマティック)なセーラー服の美少女ロボットだった。

 

ブキミの谷のロボ子さん1 (電撃コミックスNEXT)
著者:伊咲 ウタ 出版社:KADOKAWA 販売日:2018-05-25

彼女は「人間」がわからない

近未来、デイ・トレーダーとして自宅に引きこもり、ひとり暮らしていた青年・上小杉のもとへとそれは届いた。 商品宅配ドローンから配送された棺桶じみた梱包を開封すると——セーラー服の少女が眠っていた!?

 

「私はAPG25R 自己学習機能を搭載したアンドロイドです」

「アンドロイドを人に似せて作ることは禁止されて……」

「私は「特例」です 私は 人工知能が人間にどこまで近づけるかの実験の為に作られました」

 

秘密裏に行われているその計画のサンプルに、上小杉は無作為に選出されたのだと彼女は語る。 思考が乱れたままの彼に、彼女は畳みかける。

 

「私に 人間というものを教えていただきたいのです」
 

アンドロイドの彼女は、瞬きをしなかった。

彼は「人間」がわからない

面倒くさい事になった……上小杉は頭を抱えた。 他人と関わらず生きることに専念してきた彼なのに、中学生にしか見えない少女を同棲させることになってしまった(僕なら諸手をあげて喜ぶけどね)。

 

しかも、ロボ子(命名・上小杉)はアンドロイドならではの奇行に走る。 本棚をあさり、制止すればキッチンをあさり(「本棚に限定された話かと」と言って)、次はゴミをあさり、何もするなと言い渡して外出すると——

 

「何でついてきた!!」

「ついてくるなとは言われなかったので…」

「何もするなって言ったよね!!?」

「「オレのいない所では何もするな」と ではいる所なら と」

「……」 「おつかれですか」 「とても……」

「クエン酸の摂取をオススメします 梅干しがおススメです」

 

彼女には人間らしい融通や世間の常識は通じない(だってアンドロイドだもの)。 イラつく上小杉だが、なにより彼が憂鬱なのは、そんな彼女の姿に自分自身を見るからだった。

僕たちは「人間」がわからない

上小杉は人間らしい“執着”をもったことがなかった。 感情に流されず合理的に振る舞う彼へと、周囲は一線を引く言葉を投げかけてきた。

 

「あいつ空気よめねぇよな」 「何考えてんかわかんねーし」 「感情がないんじゃないの」

「お兄ちゃんは 人の心がわからないんだ…」

 

人間とロボットの差異と比べるなら、人と人との差異なんて僅かなものかもしれない。

そんな彼我の差をいちいち気にしていたら人間的な生活なんて送れないけれど、〈私〉と他人とが決定的に違うこともたしかで、その隔たりがどうしようもなく“痛い”ことはあるのだ。

 

だから、上小杉は人との関わりを避けて生きる道を選ぼうとしていた。

 

「悪いがオレはあんたの手本にはなれない 何よりオレ自身が人間らしいことが 何なのかよく知らないし 知りたいとも思わない」
 

そう笑みを浮かべた上小杉の諦念と悔恨が入り交じったような表情に——そこに何かを見たロボ子は、彼に語りかけるのだった。

 

「私と一緒に 人とは何なのか知っていきませんか?」
 

彼女は瞬きせず、彼を見つめていた。

暗く深い谷間の向こう側へ

「普通は」「一般的に」「常識的に考えて」——その言葉に線引きされてきた僕たちは、自分と他人との間に暗く深い谷間を見つけてしまう。

 

自分だけが知らないことを、自分以外のみんなは知っているような気がしてしまう(それを知らない僕たちは“特別”なのではない、その程度は僕たちでも知っている)。

 

それを飛び越える力を持たない僕たちは、思い悩みもせずに軽やかに団欒や友情を得ているように見える人たちの姿が、とても眩しく、とても遠くて……斜に構えて強がってみせるしかないのだ。 インドに行ったこともないくせに、インドに行っても何も見つからないと嘲って。

 

「「好き」の正体について 少しはわかったか?」

「……わかりませんでした 上小杉様はご存知ですか」

「……さぁな 相手に合わせてれば 好きになれると思ったけど 結局本物にはならなかった」

「偽物の好きが本物になることが あるんですか?」 「知らねっつの きくなオレに」

 

「常識」や「普通」——ロボ子さんは、私たちが当たり前に過ごしている前提をしつこいほどに問う。

 

そんな彼女の姿に、他人を理解できない自分を上小杉は重ねてしまうけれど、僕たちが知らなかった/知っていたはずだった刹那的で愛おしくて美しいものも、やがて彼女の瞳は映し出す。 斜に構えている僕たちが理解できないとうそぶいて、目を背けていたものを。

 

『ブキミの谷のロボ子さん』は、眩しさや痛みに目を瞑らずそれを見つめるための物語だ。 それを見ることができたとき、ロボ子さんもじっとあなたを見つめている(怪談みたいなオチになってしまった、でもカバーイラストそんな感じしませんか?)。

 

ブキミの谷のロボ子さん2 (電撃コミックスNEXT)
著者:伊咲 ウタ 出版社:KADOKAWA 販売日:2018-08-27
 

『ブキミの谷のロボ子さん』は先月第2巻が発売されたばかり。

 

伊咲ウタさんは油断ならない作家だ。 『サヤビト』も『現代魔女図鑑』も、僕が偏愛してやまないセカイ系と呼ばれる作品群が醸していた香りがツンとするラストだった……なにかある気がしてしまう(疑いすぎ?)。

上小杉に“人間じみた”執着を覗かせ、やがて笑みを浮かべるようになるロボ子。

 

上小杉もまた、彼女に対して平常ではない様子を垣間見せてゆく。 ロボ子さんが探究する「人間」なるものがどんなカタチをしているのか、ふたりの同居生活に目が離せない。

 

文=マルモ(星海社)

 
サヤビト 1 (アフタヌーンKC)
著者:伊咲 ウタ 出版社:講談社
現代魔女図鑑 (1) (IDコミックス REXコミックス)
著者:伊咲 ウタ 出版社:一迅社 販売日:2014-06-27