TOP > マンガ新聞レビュー部 > ぼくたちは青春を上書きできない——自意識を刺殺する傑作『青春のアフター』

ぼくたちは青春を上書きできない——自意識を刺殺する傑作『青春のアフター』

24歳になっても、青春の記憶は抹消しがたい。 転げ落ちたシャーペンを隣の席の女の子が拾ってくれる、取るに足らなすぎて本当にあったのかもわからないような一瞬が脳裏にこびりついて離れなかったりする。

 

我ながら本気で気持ち悪いと思うのだが、中学で女の子に勧められた『灼眼のシャナ』を読んでライトノベルにどっぷりつかり、高校で女の子に教えられた雑誌『ファウスト』を読んでどっぷりはまり、今では編集者として働いている(しかも、その『ファウスト』を手がけていた編集者の下で)。 青春の些細で甘美な記憶が、僕の現在にはねっとりと絡みついていた。

 

大学では彼女ができたこともあったけど、その時のことは他人事のようにしか思い出せない。 それ以前の「感情の記憶」だけが、まったく味気ない青春を過ごしたからこそ鮮明で忘れられない。 青春はとうに終わっているにもかかわらず、夏が終わる度に理由無く切なくなって夜空を眺め、あの頃に戻りたいと思ったりする。

 

そんな未だに自意識こじらせっぱなしの僕が、マンガ新聞レビュアーのトップランカーにして、ご存知サイバーコネクトツーの社長である松山さんのお招きで、マンガ新聞さんの定例会に参加することになった。 レビューの書き手を募る段になり、誰かいませんか〜と編集長の駒村さんが声をあげる。

 

すかさず松山さんが叫ぶ。 「丸茂くうううううん!!!!」

 

ついでに後ろからミヤザキユウさん(大学の先輩だった)が煽る。 「丸茂なら週一でレビュー書きますよ」

 

かくして空いていた今月の二枠は、僕が書くことになった。 受動的なのは、あの頃と今と変わらず僕の悪いところだと思う。

 

直視すべき現実があるにもかかわらず、往々にして僕たちは過去への想いに逃避してしまう。 さらに質の悪いことに、僕のような精神的に童貞な人間であるほど、未練がましい過去への想いが清らかで美しいものだと信じたがる。

 

それは醜い感情であると再認識するところから、僕は始めたいと思う。

徹底的に傷つきたいひとに、読んでいただきたい。 青春への執着がいかに醜いものであるか、僕が知る限り最も酷薄に描いたのが緑のルーペさんの『青春のアフター』だ。

 

青春のアフター(1) (アクションコミックス(月刊アクション))
著者:緑のルーペ 出版社:双葉社 販売日:2015-08-10
 

何もなくても、君がいたから「青春」だった

授業崩壊が常態化しているバカ高校で、いかにもな陰キャとして過ごしていた鳥羽(とば)まことには好きなひとがいた。 彼と同様、誰とも群れようとしない小さくてかわいい女の子、十和(とおわ)さくらだ。

 

あるきっかけでさくらの家に招かれたまことは、彼女がゲーム好きなことを知る。 怪獣を巨大ロボットで倒すゲーム、街を破壊する怪獣を眺めながらさくらは呟いた。

何もかもなくなって 邪魔なもの全部消えて …そんで …二人っきりになれたら良いのに
昼食を一緒にする、同じ教室でたまに会話する、ゲームをして遊ぶ、それだけの関係。 それでも、なにも充実していないゴミ箱をぶちまけたような下らない高校生活を、さくらは「青春」にしてくれていた。

 

痛々しくて切実なその青臭い感覚を、まことはやがて咎められることになる。

バッドエンドの先に敷かれた選択肢

けれど(当然ながら)、さくらが「二人っきり」を望んでいた相手はまことではなかった。 残酷にも凡庸に抱かれたさくらの恋心が向かう先は、クラスの軽薄なモテ男・倉橋だった。 さくらが倉橋に告白する場面に遭遇し、それを邪魔したまことは彼女に拒絶される。

 

「鳥羽なんていなくなっちゃえばいいんだ!」

 

まことが目を見開くと、そこにさくらはいなかった。 彼女は失踪した。

 

それから16年の月日が経ち、ゲーム会社に就職していた32歳のまことには、眼鏡で地味で野暮ったいけど笑うとかわいい、みい子という彼女がいた。 結婚を視野にみい子との同棲を始めたまことは、彼女を伴ってさくらが消失した桜の木のもとを訪れる。

 

消えてしまったさくらが現れるのを、待ち続けてきたことをみい子に告白するまこと……未練にけりをつけるためとはいえ、元カノとの惚気を聞かせるより気持ち悪い振る舞いだと個人的には思うが、みい子は優しく受け入れる。 しかし、その瞬間、桜の木の下には16年前に消失したはずのさくらが、16年前の姿のまま立っていた……。

 

エンディングを迎えたはずのまことに、分岐が与えられてしまった。

青春は甘くて痛くて忘れられない

タイムスリップしてきたさくらは、自分になにが起きたのかを理解していなかった。 ついさっき、酷い言葉を投げかけたはずのまことが、何故か年経た姿で目の前にいる。

 

困惑からその場を逃げ出すさくら……家に戻ると、自分とふたりきりで生活していた祖母が亡くなった形跡がある。 さくらは状況を否が応でも受け入れざるを得ず、自分がひとりぼっちであることを認識し、涙を流した。

 

そこにまことは駆けつける。 「誰が君を忘れても 僕だけは絶対に忘れたりなんてしないから!」と叫んで。

 

恋した相手ではないけれど、自分のいちばん側にいてくれたのはまことだった。 さくらはまことに抱きつき、酷い言葉を投げかけたことを謝り、思いっきり泣いた。

 

だが、現在のまことには彼女が、みい子がいるのだ。

ぼくたちは青春を上書きできない

さくらを家に泊めたいとまことは提案し、まこと、みい子、さくらの同居生活が始まった。 みい子は致し方なく受け入れたが、納得はしていない。

 

幸いなことに、みい子とさくらは気が合って、表面的には賑やかに日常が流れていく。 それでも、ふたりっきりの同棲生活が早々に崩壊したつらさを、不安を、みい子は押し殺しきれない。

 

まことはみい子を安心させようと振る舞うが、さくらへの未練が自分の奥底に巣くっていたことを自覚し始めてもいた。 歪んだ気持ちがまことのなかで徐々に膨らむ中、さくらは再び消失を遂げる……。

 

タイムスリップした先でさくらが目にしたのは、梅子と名乗るさくらが成長したようなルックスの女性と20代くらいのまことがセックスする光景だった。 まことは梅子と身体を重ね、何度も彼女の名前を呼ぶ——「さくら… さくらっ」と。

 

まことの最も醜い部分を目撃したさくらは、再び現在へとタイムスリップする。

「穏やかで現実的な彼女との未来」か「取り憑いて消えない青春の記憶」か

いっそのこと、さくらがまことに欠片も好意を抱いていなかったならと『青春のアフター』を読むと思ってしまう。 一方的な執着を否定されるだけなら、なにもこじれず、まことの失恋で済んだ話だった。 けれど、さくらにとっても、まことは特別な存在だったからこそ物語は歪み、膿んだ傷跡を錆びたナイフでぐちぐちと切り刻んでいくような展開を辿る。

 

まことは選択肢を与えられた。 みい子を選ぶのか、さくらを選ぶのか。 選んだはずの選択を覆す、最低のルート……一度諦めた「好き」という感情が、純粋であるがゆえに汚れきった感情生起であることを『青春のアフター』は活写する。

 

とくに作品を残酷に成立させてしまう、さくらのタイムスリップのギミックが明かされる終盤の展開は戦慄ものだ。 思わず膝を打ってしまうようなカタルシスを覚えるとともに、「彼女」の立場を想像し、切なさに僕は泣いてしまった。

 

青春への執着、その醜悪さが曝かれた先にあるものはなにか? 全4巻の結末まで、そしてできれば「あの時、もしもさくらが消えていなかったら…?」というifを描いた『青春のアフター IF』も読んでほしい。 僕みたいに未だにうじうじと自意識を腐らせて、それがアイデンティティのようになってしまったひとには、きっと刺さるから。

 

青春のアフター IF (アクションコミックス)
著者:緑のルーペ 出版社:双葉社 販売日:2017-09-15
 

完全に余談となるが、最終巻『青春のアフター4』のあとがきには、本作の取材先であったサイバーコネクトツーさんへの謝辞が記されていた。 まこととみい子が勤めるゲーム会社のモデルはサイバーさんだった。

 

松山さんが機会をくれた。 たくさんレビューを書こうと、僕は思った。

 

文=マルモ(星海社)