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日本で起きたカルト教団による無差別テロ。フランス人が伝えたかった真実『MATSUMOTO』

 

2018年7月、オウム真理教の元代表・麻原彰晃と教団幹部12名の死刑が執行された。

 

前代未聞の衝撃的な事件を目の当たりにした私たち日本国民は、教団への強制捜査から23年余経った今、このニュースに驚いたと同時に、忘却の彼方に葬っていたことにハッとした人もいるのでは。私はそのひとりである。

 

オウム真理教とは一体何だったのか?私たちの理解を超えるあの事件はなぜ起きたのか?
私は感興の赴くまま、報道し尽くされた情報とは違う視点のオウム真理教に関する資料を探していた。

 

その最中、フランス人作家によって描かれたコミック『MATSUMOTO』(G-NOVELS/誠文堂新光社)を見つけた。2017年に邦訳版が発刊されていたとはまったく知らなかった。

 

MATSUMOTO (GRAFFICA NOVELS)
著者:LF・ボレ
出版社:誠文堂新光社
販売日:2017-02-20
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1994年、日本の小都市松本。
この物語に登場する宗教団体の教祖は、ヒンドゥー教の神シヴァの生まれ変わりと信者たちに崇められていた。
だが、宗教に名を借りたこの組織の真の目的は、「ハルマゲドン」を引き起こし、日本政府を転覆させることなのだ。
致死性の高い神経性ガス兵器の開発を極秘に進め、松本にてテロを実行。翌年1995年3月20日に東京の地下鉄にサリン散布計画を企てる。

 

 

 

事実をクリエイトしたほぼノンフィクション

 

「この作品は事実に着想を得た創作であり、人物、場所、事件等は架空のものです」

と冒頭に説明がある。しかし、「ドキュメンタリーと受け止められることも全然問題ない」と原作者のLF・ボレ氏は語っている。

 

たしかに架空だろうという設定箇所は直感でわかる。が、概ね事実をもとにしているため、どこか見慣れた描写が多い。

 

この物語で描かれた教団信者たちの衣服やヘッドギアは、オウム真理教しか想起させないし、サリン製造拠点である「第7メーダー」は「第7サティアン」のことか。

 

教団関連の登場人物の容姿は、オウム真理教の彼らにそっくりだ。教団教主(尊師)は麻原彰晃以外の何者でもなく、教団科学部門最高執行責任者は村井秀夫、日比谷線でのサリン散布実行者は林泰男に似ている気がする。

 

ゆえに潜在意識の中にあるオウム真理教一連の映像と、このコミックがシンクロ。生々しくリアルに感じるし、異国の作家が描いているのもあってか、不気味さが際立ち心がざわつく。

 

 

 

フランス人ジャーナリストの視点

 

当初、この作品は、東京での「地下鉄サリン事件」を物語の中心とするつもりだったという原作者のLF・ボノ氏。だが、調べを進めるうちに、東京以前に松本という小都市で同じようにサリンが撒かれ、多くの人々が苦しんだことを知り、「これが端緒となった事件なんだ」とわかる構成にしたのだという。

 

自らも妻も被害にあった第一通報者が容疑者扱いされるという、信じ難いことが起きていた松本サリン事件の事実に驚愕、作品はここにフォーカスしている。

 

私も読んでいて被害者の河野義行さんを思い出し、胸の痛みと怒りがこみ上げた。

 

この作品の中で松本サリン事件は、松本有害ガス事件捜査本部長とその部下の会話で幕を閉じている。告発文書入手、明らかにされた教団とサリンの関係性等、証拠は揃ったので教団の犯行が濃厚と訴える部下に、「宗教組織が毒ガステロを企てたとはくだらん!」と言い放つ本部長の様子だ。

 

このくだりを読んで、私たちの知る実際の事件も、県警と警視庁の確執などなければ、また、警視庁が指導力を発揮していれば、地下鉄サリン事件は防げたかもしれなかったと思い出し、どこにもぶつけられないやるせない気持ちになった。

 

 

 

事件を、犠牲者を忘れてはいけない

 

『MATSUMOTO』の参考文献のひとつに、村上春樹氏の『アンダーグラウンド』(講談社)がある。地下鉄サリン事件関係者にインタビューを重ねて書き下ろされた作品で、死刑執行後再び売れている。
この『アンダーグラウンド』には、以下のような村上春樹氏の考えが記されている。

 

私たちはあの衝撃的な事件からどのようなことを学びとり、どのような教訓を得たのだろう?

 

ひとつだけたしかなことがある。ちょっと不思議な「居心地の悪さ、後味の悪さ」があとに残ったということだ。

 

そして私たちの多くはその「居心地の悪さ、後味の悪さ」を忘れるために、あの事件そのものを過去という長持ちの中にしまい込みにかかっているように見える。そして出来事そのものの意味を「裁判」という固定されたシステムの中でうまく文言化して、制度レベルで処理してしまおうとしているように見える。

 

今、そんな社会的風潮を感じる。

だから『MATSUMOTO』の一読をおすすめしたい。

過激派組織による無差別テロの危険に晒されてきたフランス人が、日本で起こった世界を震撼させる化学兵器事件と、その犠牲者を忘れてはならないとメッセージを込めた心を動かす作品だからだ。

 

MATSUMOTO by Laurent Frédéric Bollée & Philippe Nicloux

©Editions Glénat 2015 by Laurent Frédéric Bollée & Philippe Nicloux – ALL RIGHTS RESERVED

 

◆関連本◆
アンダーグラウンド (講談社文庫)
著者:村上 春樹
出版社:講談社
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