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祝ドラマ化!『透明なゆりかご』子供は奇跡——、当たり前に言うけど、真実で笑いごとなんかじゃない。

こんにちは、小柳かおりです。

今回は沖田×華先生著『透明なゆりかご』をご紹介します。

 

 

最大の死亡原因は人工妊娠中絶という事実

この夏NHKで始まった清原果耶主演のドラマ『透明なゆりかご』第一話を観たことがきっかけで、原作漫画を手に取った。しかし、第1巻を読み始めてすぐに思った。
 
あぁ、なんて重いテーマの漫画を読み始めてしまったのだろう――。
 
人工妊娠中絶、望まれない妊娠、捨て子……
主人公の見習い看護師、沖田×華がアルバイトする産婦人科を舞台に、妊娠・出産を巡る数々のドラマが繰り広げられる。
中でも主人公が中絶した赤ん坊を処理するという場面は、衝撃的だ。
 
毎日どれほどの命が失われているというのだろうか。
 
出産といえば、「明るく幸せなもの」というイメージしかなかった私にとって、産婦人科が決して明るい舞台であるとは言えないという事実に心を痛めた。普段知りえない世界、信じられないような現実を、この漫画は見せてくれる。
 
でもこんな重いお話をスルスルと読み進められてしまうのは、『出産』が決して他人事ではなく、身近なことだからなのかもしれない。

 

女性という性

 
私たちが女性という性を意識し始めたのはいつ頃からだろう?
少なくとも私は、小学生の時から女性であることを意識していた。
毎月の生理痛という痛みに耐えながら、「産む側」であるという事実に向かい合うのだった。
 
 
「生理なんて無くなってしまえばいい」
「産むときは痛いのかもしれない。痛いのは嫌だ、産みたくない」
 
 
「産みたい」と心から思える程成熟していない学生時代には、そんな想いを抱くことも多々あった。
高校生になる頃には、妊娠や中絶を経験した友達が何人かいたが、その頃には妊娠や中絶の重みさえ理解できなかった。
 
ごく当たり前に自分もいつか妊娠するのだと思っていたし、避妊しない限り、出来てしまうのだと思った。
だから「いつでも産める」「いつまでも大丈夫」「いまは産み時じゃない」と、結婚後も先送りにしてきたのだ。

 

生まれてくる命の重み

妊娠して出産できることは奇跡の連続。
それがわかった時初めて、生まれてくる子供の命の重みを感じられるようになったのかもしれない。
 
 
妊娠を具体的に意識し始めたのは30歳を過ぎた頃だ。
結婚後すぐに子供を産みたかったわけではないし、もっと仕事がしたかった。
 
会社で昇格した後に、妊娠して、子育て時短モードに切り替え、40歳ごろに復帰する。なんて、自分の都合で計画を練っていたけれど、妊活をいざやってみると、当たり前のように簡単には授かれないのだと知った。
 
妊娠検査薬の色の変化を見ながら、「今回もダメだった」と落ち込むこともあった。
そんなことで精神的に疲れてしまい、わたしの妊活は半年程で幕を閉じたのだったが、子供を欲して初めて、産めることへの感謝と授かる奇跡を知るのだった。
 
学生時代からこの作品があれば、妊娠や出産に対する考え方も少し違っていたのかもしれない。
 
 

背負うのは誰?

 
漫画のセリフで一番心に刺さったのはこれだ。
 
 
『男は、逃げることができるけれど、女は全て背負わなければならない。たとえ心の準備ができていなくても、進んでいかなきゃならない』
 
 
「産む側」である女性はそこから逃げることはできないのだと共感した。
望まない妊娠であればなおさらだ。
中絶しようがしまいが、その心の傷を一生背負い続ける。
 
 
だからこそ、いつでも自分の身体を大事にしなければいけないのだ。
だからこそ、その心の痛みや奇跡を分かち合えるパートナーを、自分で選んでいかなければならないのだ。
 
 
その分別を付けられるようになるためにも、特に女子学生にこの作品を読んでほしいと思う。
願わくは望まれた妊娠によって生まれてくる子供たちで溢れる社会であってほしいのだ。
この漫画に描かれた消えゆく命・望まれない子供たちに心を痛め、切にそう願うのだった。