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鬼才の連載デビュー作『よるくも』(全5巻)は感受性を揺さぶり続ける

「絶望的なまでに無垢」

第1巻の帯に書かれた「絶望的なまで無垢」という言葉。ストーリーをイメージできるだろうか。結論から言うと、この表現が本当にピッタリなのだ。

明るくて、悲惨で、残酷で、優しくて、切なくて。

主人公は純粋であるがゆえに、他者の色に染まりつつ、純粋すぎるゆえに、自分の色から抜け出せない。じつに複雑で重厚な心象と、魂のもがきを描いた、類を見ない読み応えの傑作だ。

 

世界観に一気に引き込まれる

舞台は経済格差が確立された世界。富裕層が暮らす「街」、貧しい者が住む「畑」、スラム街の「森」。3つの貧富のクラスがそれぞれのエリアで排他的に生活をしている。そしてその身分格差は一生モノで這い上がることなんてできない。

「畑」で人気の安メシ屋・高岡飯店を営むヒロイン、高岡キヨコは明るく気風のいい娘で、高岡の味とともに客に愛されている。「うまいメシ」を客に喜んでもらえる日々を生き生きと送っている。

©漆原ミチ/小学館

 

そこに、人身売買や殺人が当たり前のスラム「森」出身の青年、暗殺者「よるくも」こと小辰(こたつ)が訪れる。小辰は感情と痛覚、人並みの知性を持たない。ただ教え込まれた殺人術で命じられた裏社会の汚れ仕事を淡々とこなす。最低限の言葉しか理解できず、おとなしい小辰に、安くてうまいメシを食べさせて面倒をみるキヨコ。小辰がまさか暗殺者であるなんで思いもせずに。

そしてこの出会いがキヨコの運命をこれでもかというほどに過酷にしていく。初めて孤独を知ったキヨコは何かにすがらずには自分を保てない。だが、すがった人がヤバかった。物語のキーマン、中田は設定、性格、セリフがリアリティ満点で、この作品の説得力を引き出している。

©漆原ミチ/小学館

行間を読むマンガ

孤独と絶望に囚われた人間というものは、まともな判断がつかなくなる。キヨコが必死に掴むものはキヨコを苛む。作者はそれを描写とコマ割りで淡々と語っていく。決して陳腐な説明的セリフなどは使わない。それどころかト書きも皆無。

作品の持つ世界観と、作者・漆原ミチ先生の世界は決して万人受けではないだろう。

この『よるくも』はマンガであると同時に、文学なのではないだろうか。

裏社会の話だけに、かなりエグい描写は少なくない。しかし、首チョンパの画なのに、とても静かだ。この描写力と感性は一体なんなのだろう。

また、章タイトルもイカしている。

キヨコの日常、畑仕事をしているページにでている章タイトルは「にんげんをくったぶた」。日常と狂気のバランスが不穏でなんともシビれるのだ。

©漆原ミチ/小学館

秀逸なキャラデザイン

とても絵が綺麗な作品だ。背景に手をかけ、キャラは、感情が顔に出るキヨコ、感情と理性が死んでいる小辰、どうみても曲者な中田、それぞれがキャラごとに、シーンごとに表情が描き分けられている。モブでさえ、キャラ立ちしている凝りようだ。

なかでも「森」を支配するマッドネスな一族の令嬢、百(もも)は「やられた!」というデザイン性とキャラクター。おそらく、ヒロインのキヨコより惹かれる人はいるはずだ。私とか。

キヨコが大好きで残忍でキテレツな百は裏ヒロインと認定。百の兄も猛烈にブッ壊れまくって非常にオイシイので期待して読んでほしい。

©漆原ミチ/小学館

 

飯テロ要素あり

なんとも陰惨な作品だと感じるだろうが、キヨコが安メシ屋という設定もあり、ごはんが頻繁に出てくる。これがまた、なんとも美味しそうなのだ。

世にグルメマンガは数あれど、写術的に描こうとすればするほどマズそうに見える……と私はずっと思っていた。よって、マンガで一番美味しそうなのは『ドラえもん』のどら焼きだった。

しかし、『よるくも』に出てくるキヨコの作るB級メシは、まさに飯テロ、見事にどら焼きを超えた。第5巻のあとがきで漆原先生がごはんをしっかり描いてきたことが語られている。「食べること」は『よるくも』を読み解くうえで、とても大切な要素であるのはラストまで読めば納得だ。

 

再読で更なる読み応えを与える作品

前述したように『よるくも』は行間を読むマンガだ。その行間とは、コマの運びだったり、コマに自然に含まれている余白だったりする。

一読目はついストーリーに没頭してしまうだろうが、二度目に読むと、もっと訴えてくるものがある。

ネタバレしてしまうには、あまりに惜しい作品なので、今回は書けないことがたくさんある。それは読んでみればご理解いただけるだろう。

サラッと読めるマンガに飽きている方は、『よるくも』を手にとっていただきたい。そういう作品だ。

 

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