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上場企業を恐喝して2000億円の借金をチャラにしようとした男がいた時代の物語『銀行渉外担当 竹中治夫 大阪編』
銀行渉外担当 竹中治夫 大阪編(3) (週刊現代コミックス)
著者:高杉良
出版社:講談社
販売日:2018-05-23
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『銀行渉外担当 竹中治夫 大阪編』では、「反社会的勢力」と銀行の「闇の勢力担当」が協力して、私企業を食い物にしていく物語が描かれてきた。許永中がイトマン事件の際、イトマンという上場企業に食い込み、3,000億近い金を闇の勢力に流したことはよく知られているが、1,800億以上の金が闇の勢力に流れた蛇の目ミシンの事件はあまり知られていない。この事件の主役が小谷光浩という男である。

 

國重惇史『住友銀行秘史』の中でも、住銀青葉台支店の支店長(当時)が小谷に迂回融資をしていたことが書かれているが、彼が手がけた株の仕手戦を通じて、当時の埼玉銀行の幹部が株主代表訴訟で訴えられたり、地産の創業者、竹井博友が株式売買益の脱税に問われる事件があった。その時の竹井は国際興業株の売買で55億の利益を上げ、なんと34億の脱税である。バブルのときの小谷は、自分が手がける銘柄の情報を融資を都合してくれた企業の社員に漏らすことで、住友銀行や三井信託銀行などの支店に食い込んで融資を引き出すなど、人間がカネに弱いことを知り尽くした男だった。

 

この小谷が手がけた株のひとつが蛇の目ミシンである。1985年12月に346円だった株価が、翌年5月に2,390円をつけた。一時のビットコインにも負けない、半年で7倍の高騰である。この仕手戦当時の蛇の目ミシンの非常勤の取締役に小佐野賢治がいた。ロッキード事件の被疑者、田中角栄の刎頚(ふんけい)の友として有名だが、国際興業(小谷が仕手戦を手掛けた国際航業はこの国際興業とは全く関係ない)の創業経営者として政界にも大きな影響力をもった「政商」である。

©こしのりょう・高杉良/講談社

小谷が仕手戦を仕掛けた当時は、まだ大量保有報告書の制度が整っていなかったため、蛇の目ミシンの株価があがっても、それがどういう株主による買い占めなのかがわからなかった。1988年6月25日の日経新聞朝刊によると、当時の上場企業の約150社に仕手筋(株価をつり上げて売り抜ける集団)の参加が疑われていた。

 

大量保有報告書が出ないことで、市場は「この株はなんで上がっているのか?」という疑心暗鬼で満ちることになる。蛇の目ミシンの株価が上がりはじめた当時、日東紡績、東洋インキ、大和自動車など京橋付近に本社をもつ企業の株価が急騰し、京橋銘柄といわれた。旧東京都庁が新宿に移転し、周辺が再開発され、京橋銘柄の含み益(土地が簿価で帳簿にのっているため、時価との差額が含み益とされた)がさらに上がると見込まれて株価も上昇していった。同じく京橋周辺に物件をもつ国際興業の小佐野賢治が裏で動いていると言われた。

 

現在でも理由は明らかになっていないが、埼玉銀行の幹部が小谷になんらかの弱みをにぎられ、融資先であった蛇の目のプロパーの経営者を追い出して銀行の経営陣で蛇の目の取締役を占領、小谷の借金の肩代わりを蛇の目ミシンにさせた。そのときに担保に使われたのが、小谷が買い占めた「蛇の目ミシンの株」である。買い占めとバブルで高騰した株価以上で評価され、小谷の債務保証を蛇の目に負わせた。そうして無借金の会社が2,000億以上の負債を4年あまりの間に押し付けられている。

 

株式、不動産、絵画、ゴルフ会員権など、ありとあらゆる資産がバブルで価格上昇し、裏社会のカネも、借名口座などを通して、バブルという千載一遇の投資機会を捉えようとしていた。そんな時代には、銀行にも「汚れ仕事」の得意な人材が必要だったし、ヤクザなどのブラックマネーを仲介する民間のフロント役の人材や企業が必要だった。それが許永中であり小谷光浩であった。

©こしのりょう・高杉良/講談社

そして、そういう汚れ役の運命は決まっていて、資産の右肩上がりの価格上昇が終わったとたん破産や行方不明などの悲惨な最後が待っていた。この『銀行渉外担当 竹中治夫 大阪編』では、「汚れ仕事」の得意な銀行員や銀行とヤクザの間をつなぐブラックマネーの運用者がどのような最後を迎えるかが描かれているが、この「終わり方」が川島透監督の映画『チ・ン・ピ・ラ』を観るようで、マンガならではの痛快な「終わり方」だ。ぜひ実際に読んで確認して欲しい。

 

現実の世界で、カネに魅入られてしまった人間が、バブルの崩壊から逃れられた実例はほとんどゼロだ。だからこそ、ホイチョイプロダクションの『バブルへGO』のように、1989年12月26日の「証券会社の営業姿勢の適正化及び証券事故の未然防止について」や1990年3月27日の「土地関連融資の抑制について」という大蔵省の通達がなければ、あの宴はもうちょっと長くつづいていたのかもしれないという夢想をやめられない。

 

「私を捕まえると、日本は大変なことになりますよ。日本のシステムが壊れるのだから」と小谷光浩は言っていたらしい。小谷が捕まり、日本のシステムを正常化しようとした大蔵省の通達から20年、日本はいまだに「失われた20年」とよばれる不況のなかにいる。私たちは、その原点がだれのどの行動だったかを振り返らず、バブルの「美しさ」だけにノスタルジーを持ち続けている。

 

束の間、その時代のことを振り返ってみるのにはこの大阪編がいい。そこにあったのは「美しさ」だけではなかったことが感じられる物語だ。

©こしのりょう・高杉良/講談社

 

銀行渉外担当 竹中治夫 大阪編(1) (KCデラックス 週刊現代)
著者:こしのりょう・高杉良
出版社:講談社
販売日:2017-11-22
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銀行渉外担当 竹中治夫 大阪編(2) (週刊現代コミックス)
著者:こしのりょう・高杉良
出版社:講談社
販売日:2018-02-23
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