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「あたしが女だから好きなのか?」『青春マイノリティ!!』セーラさんと考える愛と性

 

私が初めてレインボープライドを見たのは7年前のストックホルムでした。

当時中学生だった私は、BLマンガを読んだこともあったのでなんとなくセクシャルマイノリティの存在を知ってはいましたが、フィクションのような、自分とは少し離れた存在だと思っていました。

 

 

日本でもレインボープライドが行われていると知ったのはこの少しあとでした。

今年もこのゴールデンウィークに都内の複数の会場で行われています。

 

いまでこそ「LGBT」「セクシャルマイノリティ」という言葉がポピュラーになってきてはいますが、ストックホルムで見たレインボープライドの空気を思い出すと、日本はまだ「特別な人たち」のことになっているような気がします。

 

 

セクシャルマイノリティって結構当事者じゃないと触れにくいとか、あんまり言うとハラスメントになりそう、とかで敬遠されやすいと思うんですが、今回紹介する『青春マイノリティ!!』はそこをいい意味であっけらかんと描いてくれているマンガです。

 

 

このマンガはPixivで投稿されていた『セーラさんはトランスジェンダー』という作品が、「Palcy」というマンガアプリでタイトルを変えて移植されている作品です。

https://palcy.jp/

 

 残念ながらPixivに掲載されていたものは消されてしまったので、いまはPalcyのみで読むことができます。

 

 

トランスジェンダーとは

 

元のタイトルにあるように、主人公セーラはトランスジェンダーです。

 

 

簡単にいうと、生まれた性別と自分で思う性別とが異なっている、ということです。

たとえば、『金八先生』で上戸彩さんが演じられた役は性同一性障害というくくりになります。性同一性障害もトランスジェンダーの一部ということもできて、トランスジェンダーはとても示す範囲が広いです。

 

 

 

 

1話で、セーラは自分のことを

 

「あたしは男でゲイだ!!!」

 

と断言します。

 

 

つまり性自認が男性で、性的対象も男性だ、ということです。

こうすると、表面的には男性が好きな女性になるので、いわゆるマジョリティ―であるヘテロの女性に見えます。

 

 

また、『容姿を性自認に合わせて変えるか』という問題もあります。

 

セーラは自分が満足しても偏見はあるから、容姿を変えてその偏見と戦うか、「ガサツで女子力のない女体」として生きるのか、正解はない、と言います。

 

 

セーラはトランスジェンダーとしてこういったことを言っていますが、セーラの言うことって「女子力」とか、年齢とか、そういうなんとなく世間に染みついた固定観念の呪縛全部に刺さることなんじゃないかな、って思うんです。

 

性自認に違和感がなくても、「女らしさ」「女の子らしさ」に違和感を持つ人や、自分とは合わない感覚だと思う人は大勢いると思います。その違和感と、性自認への違和感は、感じるハードルが同じくらいでもいいのではないでしょうか。

 

 

この「女」の呪縛は、セーラと付き合うことになる幼なじみの武一と、セーラの母親の対照的な見方に現れています。

 

 

「女だから好きなのか?」とセーラに聞かれたとき、「セーラだから」と答える武一に対し、セーラの母親は“かわいい服を着て女の子らしく過ごしてほしい”願望をもつ、娘が大好きな母親です。

 

 

セーラに愛情をもって接している「いい母親」に違いはありませんが、この願望はセーラを苦しめます。もちろん、セーラのようなセクシャルマイノリティでなくても苦しめられる可能性が十分にある願望です。

 

 

 

「本当のオレを知ってくれてるオマエがいるからそれだけでいい!!」

 

 

このセーラが武一に言うセリフ、ほんとそうだなって思います。

性自認がどうであろうと、性的志向がどうであろうと、一番近しい人にわかってもらえることは大きいんじゃないかと思います。友人にはカミングアウトできても家族にはできていない人がいると聞いたことがありますが、受け入れてもらえなかったらどうしよう、という不安や恐怖は近ければ近いほど大きいですし、だからこそ受け入れてもらえたときの安心感が大きいのではないかと思います

 

 

 

私は武一みたいに「ここにくるまでいろんな葛藤があったんだろうなあ」と思うことしかできないのですが、それを感じさせないセーラのような人はほんとうに強いと思うし、かっこいいと思います。

 

 

「LGBT」と言ったり「セクシャルマイノリティ」と言ったりするなかで、これらのことばはいつもなにかを取りこぼしているような気がしていました。

たしかにカテゴライズされることは窮屈ではあるけれど、安心感が生まれます。

ただ、ことばの表面だけではわからないことがたくさんあると思います。

この『青春マイノリティ』は、「セクシャルマイノリティがどういう人たちなのかわからないけど、会って話してみるのはちょっとハードルが高い……」と思っているような人たちに、セーラさんと話すような感覚で読んでほしいマンガです。