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なぜここまで『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』が読まれたのか作品を読んで考えてみた

『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』がものすごく読まれていましたね。Amazonの在庫も一時品切れでしたし、ネット上には数多くのレビューが寄せられています。

 

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堀江貴文が『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』を読んで思うこと。

エロ期待してたら希望に打ちのめされた。『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』

 

もうネット上でバズりまくりなわけですが、なんでこの漫画がここまで市民権を得たのでしょうか。
内容はどんな人にでもありそうな、周囲の目と自分らしさの矛盾の中でよくわからないけれど、自分で選び出していく過程です。その中でなぜかレズ風俗を選んで、経験した先で、自分が求めていたようなものはそこにはないのだと知る。ただ、そこのキャッチーさがバズっているだけだろと勘ぐっていたのですが、漫画を読んで見るとそうでもない。

 

さらけ出していることが凄い…のではなく、ここまでわかりやすく言語化することが本当に凄い

 

この漫画で何よりも秀逸なのが自分の理解についてです。28年間苦しみ耐えぬいたからこそわかる自分のこと、そしてそれを赤裸々にわかりやすく言語化する力ことれこそが永田先生の面白さの源泉なのだと思います。

(C)永田カビ/イースト・プレス
(C)永田カビ/イースト・プレス

 

自分の居場所を求めて行動をしても、なぜか辛い、限界まできて自分が何をして生きていきたいのかを考えぬく。死んでもいいじゃんと自分で思って、初めて心の奥からナニクソこの野郎という叫びが出てくるシーンなどは過去に経験して共感する人が多いのではないでしょうか。

(C)永田カビ/イースト・プレス
(C)永田カビ/イースト・プレス
(C)永田カビ/イースト・プレス

それではなぜこんなに苦しむ人が生まれるのか。そもそもの性格の部分も大きそうですが、最近見た独裁についての実験の映画『ウェイブ』を見ていてあーこういうことなのかなと感じました。この映画はとある高校に赴任してきた先生が、教室の生徒を独裁していく過程を描いた映画です。その中で印象に残っているシーンが、先生が服装について指定するシーンです。みんなが白シャツにジーンズという姿になる中1人の生徒が赤いいつもの私服で来るんです。でも、その中で浮いているなーというのが伝わってくる。スーツの会社の中でいきなりアロハ服で入り込んでいくようなものです。

 

最終的に、一度その輪から離れたその赤い服の生徒はどんどん孤立をして、独裁されていく教室を抜け出していく。なんかこれに似ている気がするんですよね。
全員が同じことを行っている中でなんとなく自分を出して、浮いてしまう。一度浮いてしまうとそこからはどんどんと転がっていく。その転がりが止まるまでは自分のことがわからずに苦しむ。
独裁者はいないが独裁されているように感じる社会がある。何かの考えやレッテルのカテゴリーに自分を入れ込むことはそれがある種の独裁者のいない独裁のようなものの中に入り込んでしまうことではないでしょうか。

 

現在の思考を言語化することは難しく、過去を解釈して表現してくれることで、自分たちの過去の思考を言語化する助けをしてくれる、そして、今の時代の苦しみを適確に捉えている。だからこそこういった、秀逸な内省のストーリーは幅広く読まれるではないでしょうか。

 

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ
著者:永田カビ
出版社:イースト・プレス
販売日:2016-06-17
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