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デビルマンで思春期をこじらせた方へ。トラウマ系少年マンガ『ファイアパンチ』が【閲覧注意】すぎてやばい!

あなたの思春期に「トラウマ系少年マンガ」はありましたか?

つい出会ってしまった漫画の影響で、まんまと思春期をこじらせてしまった方は少なくないでしょう。かく言う筆者も例外ではなく、『寄生獣』『デビルマン』『レベルE』は人生の大いなるトラウマになりました。

この世には、少年マンガを装って少年少女に近づき、えげつない描写や展開で少年少女にトラウマを残す「トラウマ系少年マンガ」とでも言うべき作品群があります。今も昔も連綿とつづく系譜に、あらたな歴史が打ち立てられたことをご存知でしょうか。

 

トラウマ系少年マンガにも耐性が備わった33歳の筆者ですが、甘かった。スマホで『ファイアパンチ』を読むたびに胸糞すぎて一日が憂鬱です。少年ジャンプ編集部よ、僕の月曜日を返してくれ!

では『ファイアパンチ』は、どのへんが「トラウマ系少年マンガ」なのか?解説していきたいと思います。いいですね、【閲覧注意】ですからね。  

トラウマ1:人と人とが憎しみ合う

『ファイアパンチ』の舞台は、氷の魔女によって雪と飢餓と狂気に覆われた世界です。北斗の拳的な世紀末みたいなものです。その世界には、生まれながらに奇跡を使える「祝福者」と呼ばれる人々がいます。主人公のアグニは、回復の能力を持つ祝福者です。

回復系の主人公。ここまでは王道の少年マンガ的な設定のように感じられます。

ここで『デビルマン』と比較してみましょう。『デビルマン』は最終巻で、人と人とが憎しみ合うシーンが描かれます。人を守るために戦ってきたデビルマンは絶望にうちひしがれます。しかし『ファイアパンチ』は違います。

第一話でいきなり主人公の腕が切られて食われます

人公は回復の能力を活かし、切断した自分の腕を村の老人たちに分け与えているのです。すごくトラウマな設定です。

 

トラウマ2:死んではいけないキャラが死ぬ。

主人公アグニの心の支えは、妹のルナです。ふたりは近すぎるくらいお互いを愛し合っています。ふたりは幸せな日常を取り戻すことができるのでしょうか・・・。

 

ここで『デビルマン』と比較してみましょう。『デビルマン』では、幼なじみのミキちゃんが最終巻で悲惨な末路をたどります。何気ない日常の学園シーンを続けた結果のラストシーンなので少年少女は戸惑いました。しかし『ファイアパンチ』は違います。

妹は第一話でいきなり燃えて死にます

 

あまりにはやすぎる妹の死に、読者は唖然とします。少なくとも筆者は唖然としました。

トラウマ3:主人公は敵の力を宿す

この悲劇に主人公アグニはどのように立ち向かうのでしょうか?ここで『デビルマン』と比較してみましょう。『デビルマン』では、主人公は悪魔を召喚することによって悪魔の能力を獲得します。

『ファイアパンチ』の主人公は「消えない炎」をあやつる敵の攻撃を受け、焼け朽ちようとしますが・・・ 回復系の能力者なので、「消えない炎」の攻撃を同時に治癒します。この相反する力の引っ張り合いで、炎の主人公アグニは誕生します。妹の敵を晴らすために。

念を押しておきたいのですが、ここまですべて第一話の出来事です。あまりの展開のはやさにびびります。

いやいやいや。連載当初、筆者はさすがに『ファイアパンチ』は出オチ作品なのだろうと思いました。カニバリズム、近親相姦、妹の死・・・エログロのオンパレードで第一話に注目を招き、ここから先はファンタジー路線を歩んでくれるのだろうと。

しかし・・・甘かった。

むしろ『ファイアパンチ』の胸糞な展開は加速しました。奴隷、獣姦、強姦、殺人、断面、スカトロ、なんでもあり。第五話以降はしばらく主人公が生首になったりしました。詳しくはコミック第一巻をお読みください。やれやれ。

 

ファイアパンチ 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)
著者:藤本タツキ 出版社:集英社 販売日:2016-07-18
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「トラウマ系少年マンガ」は共有を待っている。

いかがでしょうか。みなさんも、かつて読んだ「トラウマ系少年マンガ」を思い出しましたか?

先輩に借りた『デビルマン』『寄生獣』を親に隠れて読みながら思春期を経た筆者としては、少年少女たちがスマートフォンの向こう側に無数に転がっている「トラウマ系少年マンガ」の作品群に、指先一本で無防備に触れてしまうことに一抹の不安を感じてしまいます。

『ファイアパンチ』はすさまじい作品です。こうした「トラウマ系少年マンガ」の読書歴は、いつか成長の糧になります。しかしそれは読書体験を共有できる友だちが周囲にいればこそです。東京という無縁社会に、少年少女が小さなトラウマ体験を共有できる場所はどれだけあるのでしょうか?

10代のため、そういう居場所をつくりたい。そんなことを思いながら筆者はNPOカタリバで活動しています。