TOP > マンガ新聞レビュー部 > 人生や人付き合いに悩む平成生まれにこそ読んで欲しい、80年代の超名作『カリフォルニア物語』

人生や人付き合いに悩む平成生まれにこそ読んで欲しい、80年代の超名作『カリフォルニア物語』

最近、しみじみ「生きるのが楽になったなあ」と感じます。
自分が誰なのか、何ができて何ができないのかがわかってきて、できないことも許せるようになって、好きな人を大切にできるようになって。

 

若いうちは、自分が何者なのかもわかりませんでした。自分のやりたいことや、やらなくちゃいけないと思っていたことが、親や周囲から与えられた価値観なのか、自分の価値観なのかも曖昧でした。
何かにトライしては失敗して、人と縁が切れ、自己嫌悪だらけでした。だいぶ生き方がうまくなったなと思います。

 

『カリフォルニア物語』を初めて読んだのは、中学生くらいの頃だったかな。 当時1980年代は「ビバ! アメリカ!」みたいなマンガがうじゃうじゃありました。舞台はニューヨークやロスで、いかにアメリカが自由で楽しい国かなんてのがひたすら描かれてた。作品は、その中で若者たちが悩んだり何かを学んでいく物語でした。

 

カリフォルニア物語(1) (フラワーコミックス)
著者:吉田秋生
出版社:小学館
販売日:2013-03-05
  • Amazon

 

『カリフォルニア物語』もそんな作品の1つでしたが、大きく違うのは、そこにひたすら流れる「重さ」です。
少女マンガなのに、顔に影線入ってるんですよ。みんなマッチョだし、いわゆる少女マンガのキラキラ感がどこにもない作品です。

 

主人公ヒースは、厳格な父親と、年の離れた優秀な兄の元で育ちます。母親は自由奔放で、子どもを捨てて家を出てしまいました。彼女に気質が似ているヒースは、父や兄のようになりたいと思いながらも違和感があり、彼らの呪縛から解き放たれるためにニューヨークへ向かいます。そこでヒースは、一から人との関係を作り上げていくんです。

 

裕福だった実家とは違い、その日暮らしで、汚い雑居ビルに部屋を借り、日々食べるものにも困るような生活。ヒースはバイトを掛け持ちして、ひたすら生きるために働きます。

 

今読み返してみると、和久井はかなりこの作品に影響を受けていると感じます。
ヒースに共感するところが多かった。裕福な家庭に育った末っ子で、家族に対して自分だけが違う価値観を持っているような違和感。優秀な兄(和久井の場合は姉)に対するコンプレックス。親の期待に添えない自分への自己否定感……。

 

和久井は就職に失敗して転職を繰り返し、結婚をしてすぐに離婚をした後は、自分の価値観を構築するためにあがいていました。いわゆる「優秀な」人間になりたくて、お金を貯めて学校へ行きました。専門学校から大学へ。テニスで留学もしました。なにをやっても苦しかった。人付き合いは手探りで、理由もわからないまま怒られて縁を切られたり、思っていることとは違う不用意なことを言ってしまったり。一方で自分を認めて欲しいという気持ちも強くて、葛藤していました。

そういうときに助けてくれたのは、年上の女性たちです。
「40歳を過ぎると楽になるよ」といろんな人から言われ、それを糧に生きていました。和久井は彼女たちのことが大好きでした。めちゃくちゃ甘えて、叱ってもらって、励ましてもらいました。

 

子どもの頃は親の存在感は絶対で、彼らに逆らって生きていくことはほぼ不可能です。
だけどそこから少し離れて生きていける年齢になったとき、親以外にメンターとなる大人が必要だと思うのです。それも、自分の世界にはない価値観を持って生きている大人。あの頃、和久井が愛情深くて面倒見のいい人に出会えたのは運がよかった。

 

ヒースにとってはインディアンという男性がそのひとりです。そしてヒースを慕うイーヴという少年と一緒に暮らし、彼の面倒を見ているうちに、ヒースは少しずつ変わっていきます。

 

作品の、どのパートを読んでも胸が痛みます。 そして実感しました。知らず知らずに、どれだけ自分がこの作品に影響を受けていたことか!

 

人と深く関わることや、お金や安定よりも自分らしくいられることや人との関係を選ぶこと、インディアンのようなメンターを持つこと、イーヴのようなちょっとダメな子が好きなところ、「住めば都」「仕事は何をやっても生きていける」という感覚、そしていろんな場所を放浪すること。
今、自分がやっていることとほとんど変わらないです。和久井があちこち旅に出るのも、新しい価値観と新しい人間関係を手に入れて、楽になりたかったからかもしれません。

 

作品のラストも、当時の自分にとっては衝撃でした。その先が知りたくてたまらなかった。その苦しさを埋めるために、作者である吉田秋生さんの作品を読みあさりました。
みんなも同じ苦しみを味わっちゃえばいいよ!

 

余談ですが先日、付き合ってた年下男子と縁を切ったんですよ。バッサリと。もうこれ以上ないくらいに。
彼はまだまだ人付き合いの葛藤のさなかにいる人で「空気を読む」ことが至上命題のようでした。どうやら白黒ハッキリしてる和久井にいろいろ教えて欲しかったみたいです。もちろん、できることがあるならしたかったけど、同時に彼のした和久井に対する不義理や誠意のなさに腹が立ってもいました。でも「和久井のメンターたちは和久井を見捨てずに面倒を見てくれたからこそ、今自分は人に感謝ができるんだ」って気持ちがあって、いい人になるべきか、利己的になるべきか葛藤があったんです。縁を切った今も、これでよかったのか少し迷いがあります。まだまだ自分にも悩むことがあったんだなあ。

 

とまあ、生きている間に悩みや葛藤はつきもののようです。でもそうした経験の分だけ、人生は上向いていくはずです。

 

気遣いや思いやり、相手に対する尊重は必要だけど、空気を読むとか他人におもねるっていうのは、コミュニケーションじゃありません。人とぶつかって、ねじれて、腹を立てて、体当たりで人生を切り開いていく姿が『カリフォルニア物語』には描かれています。
いつまでも、何度でも読み返したい名作です。

 

 

もうひとつ余談ですが、先日、サン・ディエゴに行ってきました。サン・ディエゴは国境が近いので、メキシコのティワナへ行くツアーに参加したんです。『カリフォルニア物語』が頭にありました。ヒースが育ったのはサン・ディエゴで、ヒースの兄嫁スージーの出身地はティワナです。彼女はヒースに自分の生い立ちを話すシーンがあります。

 

「ここ(サン・ディエゴ)から車で30分もあれば行けるわ」
「でもとても遠いところ… 行くのは簡単だけど、こっちに来るのは至難のわざなの」
「ティワナは国境の街よ。アメリカは目と鼻のさき…」
「国境を越えようとする人たちが集まってくるところ つまり密入国」

 

この、スージーのセリフをずっと覚えていて(というかたいていのセリフは頭に入ってるのだけど)、ティワナと言えば「スージーの母親が国境を越えようとして警備員に頭を殴られて左の耳が聞こえなくなった、あのティワナ!」というイメージでした。

 

実際に行ってみると、最近はかなり治安がよくなったそうです。めちゃくちゃ観光地化していて、かなり英語が通じたしドルも使えました。

 

そして確かに、アメリカ出国と入国では税関の様子がまったく違いました。アメリカを出るのは15分程度で簡単だったけれど、メキシコから帰るときは、長蛇の列でした。メキシコ人とそれ以外で税関の列が異なっていて、メキシコパスポートを持った人たちは、そうとう長い時間をかけて入国していました。スージーが言うように、まだまだアメリカは遠い国なのかもしれません。これから壁ができるらしいし。

 

メキシコとアメリカの国境フェンス
メキシコとアメリカの国境フェンス。めちゃくちゃあっさり越境できそう

出版から40年経った今、当時とはかなり状況が変わっているのだなとも実感したし、逆に人間の根本的な部分は不変なのだなとも実感しました。
今読んでも、きっと胸に刺さる作品だと思います。

 

ところでwikiによると、これを描いたとき、吉田秋生さんはまだ20歳だったんですって!?
化け物だ……!!