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『君たちはどう生きるか』が書かれた1937年からは平等を戦争が実現した時代

『君たちはどう生きるか』の主人公、コペルくんの友達の浦川くんの着物に油揚げの油の匂いがついていたというエピソードは「貧乏」の話だけど、吉野源三郎が原作を出した1937年というのは、「貧乏」の問題をどうしようということが政党や官僚に問われていた時代だった。

 

 

漫画 君たちはどう生きるか
著者:吉野源三郎
出版社:マガジンハウス
販売日:2017-09-19
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岩波書店から『君たちはどう生きるか』は1937年に発売された。この年は日中戦争が始まった年で、226事件の1 年後になる。226事件は、2月20日の衆議院議員総選挙の6日後に起こった。選挙結果は民政党の勝利で、当時の民政党は自由・平等・博愛(平和)のうち、自由と平和を重視する政党だった。幣原喜重郎の協調外交、経済的には金解禁でデフレ傾向の経済政策が特徴で、これによって、農村の疲弊はさらに進むと見られていた。このころの無産運動は幹部と組合員の政治的意志が離反していた。労働組合法などの成立に積極的な自由主義的な民政党を組合幹部は圧倒的に支持していたが、金解禁のデフレ政策は、小作人の収入を減らし、農村の低所得階層はどんどん疲弊していった。そうした状況のもと、地方の農村の次男・三男が多い陸軍幼年学校卒の中隊長クラスが、貧困の解消(平等政策)に無策だった民政党政権に不満をもった。こんな社会状況が226事件の底流には流れている。

コペル君の友達の浦川くんの着物に油揚げの油の匂いがついていたというエピソードは「貧乏」の話だけど、吉野源三郎が原作を出した1937年というのは、「貧乏」の問題をどうしようということが政党や官僚に問われていた時代だった。選挙に負けた政友会は党首だった原敬が田中角栄の元祖のような存在で、地方に利益誘導して「貧乏」を減らすという平等政策に熱心な政党だった。もちろん利権と結びついて汚職事件もたくさん起こしたのだが。社会党の元になった戦前の政党、社会大衆党は平和を重視する民政党と組まず、平等を重視する政友会と組んでいた。政友会は在郷軍人会と結びつき、戦争と平等は極めて近い位置にあった。

1937年の日中戦争から1945年の太平洋戦争終結までの間になにが起こったかというと、戦争のための軍需景気によってインフレが起こり、小作農の収入が上がり、自作農への転換が大量に起こった。つまり、戦争が「貧乏」の問題を癒やし、平等を実現した。

 

十三年以降は戦時統制に入る。米価は年々引き上げられ、十三年には光一(筆者の名前:引用者注)絶望時の二倍、十五年には三倍となり、(中略)そして十七年は全くの戦時統制に入り、光一も農村の末端指揮者として忙しくなっていく。十七年は農業収入の構成は九六%で、米価は二○円を超え、十五年以降耕地の交換分合をし、(中略)十八年頃からはその延長線上での自作農創設運動となり、二十年には農地改革を待たず西山家は小作料を収めない農家に変化する 

 

引用『西山光一日記 1925‐1950年―新潟県一小作農の記録』

 

現代の科学によっても「平等」が人間の幸福感におおきな影響を与えていることがわかってきている。

 

最新の研究によると、幸せは自分自身の状況のみによって決まるのではなく、周りにいる人々の身に起きていることにも影響されるようだ。研究を行ったユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のグループが、その成果を「幸せの方程式」にまとめている。

 

『Nature Communications』誌に発表された今回の研究によれば、自分自身と他者の間に不平等が生じている場合に幸福度は下がるという。この結果は、他者と比べて恵まれている場合にもそうでない場合にも当てはまった。つまり、不平等そのものが「不幸の根底」にあると考えられる。

 

『あなたの「幸せ」は、周りの人次第』
https://wired.jp/2016/06/22/happiness-equation/


 

 

ブータンが世界一幸せな国だといわれていたのが、経済成長に従い幸福度は下がってしまっている。米大統領戦のときのトランプもサンダースも中産階級の「貧乏」の問題をテーマにしていた。現在の日本でも「貧乏」という問題が次第ににクローズアップされつつある。「貧乏」の問題を解決しようという提案は社会的には「ポピュリズム」に結びつきやすい。ただ、そこに問題が横たわっているのは、1937年も2018年も変わっていない。

1937年の吉野源三郎が、「貧乏」の問題をどうするのかという社会的に問い、「そのときにあなたはどう生きるのか?」と問うた姿勢というのは、現在においても大切にすべきだと個人的には思っている。「いかに上手に生きるか」という情報で溢れかえっている現代に「いま、あなたはなにをするのか?」と直球で問いかける清々しさは新鮮だ。

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羽賀さんの『消しゴムライフ』やノート(WEBサービスではなく、本当の紙のノートです)に書いたマンガを佐渡島くんに見せてもらったのは随分前のような気がします。「小さなエピソード」で小さなコミュニティでの抽象的な概念を伝えようとしていた羽賀さんに、「小さなエピソード」で社会的に大きく具体的なテーマを伝えようとした吉野源三郎さんの原作がピッタリだったのかな。羽賀さんは、これからも大きなテーマを具体的な小さなエピソードで語れる作家としていろいろな作品を読ませてほしいと思いました。「教養」とは自由にいきるために必要なものだとローマ人がリベラルアーツを定義したらしいです。『君たちはどういきるか』は自由に生きるための必読書になると思います。素晴らしい作品をありがとう。

 

 

昼間のパパは光ってる
著者:羽賀翔一
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