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傷ついた人が立ち直るには味方が必要『イリヤッド』~今、小保方晴子さんに捧ぐ~

※本記事は、マンガレビューサイト「マンガHONZ」にて過去に掲載されたレビューを転載したものです。
(2014年3月20日 文:山田)

イリヤッド~入矢堂見聞録 1 (小学館文庫 うC 11)
作者:東周斎 雅楽
出版社:小学館
発売日:2013-02-15
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東京都文京区団子坂にある古道具屋”入矢堂”。
その店の主人、入矢修造(いりやしゅうぞう)は、レトロな雑貨に囲まれながら、その店を切り盛りしていた。近所のませたガキに仕事中絡まれたりしながらも、静かに過ごす日々。

彼には壮絶な過去があった。
彼は、もともとイギリスで活躍していた考古学者。専門はアーサー王伝説。ある時、彼と彼の共同研究者は、アーサー王の墓を示す石板を発掘し、一躍時の人となる。イギリスの放送局BBCが、この発見を大々的に宣伝する番組も制作・放送し、当時イギリスで一番有名な日本人になった。

しかし、石板は偽物だった。結果、手のひらを返したメディアから袋叩きにあい、学会からも永久追放される。詐欺師扱いされたまま、日本に帰国。その後、実家の古道具屋を手伝っていた。

ある日、そんな入矢の前に現われるのが、ハンガリー系ドイツ人と日本人とのハーフの女性、ユリ・エンドレ。彼女は、父の遺言より「ハインリッヒ・シュリーマン(※)が、120年前にある日本人に送った手紙を探してほしい」と入矢に相談する。
※実在の人物で、トロヤ遺跡の発掘で有名。ちなみにもともと実業家でクリミア戦争でロシアに武器を売って富を築く。

しかし、夢を失った入矢の返事は心もとない。

彼女が店を出て行ってから、入矢はふと思いだす。
彼女の父、ヴィルヘルム・エンドレから昔手紙を受けていたことを。

エンドレ氏は、ドイツ屈指の貿易会社のオーナーながら、歴史に造詣が深い上、入矢の学説を支持する数少ない一人であった。「再起を期すなら、私は協力を惜しまないこと、お忘れのないように」という彼から手紙に、当時失意のどん底にいた入矢は強く励まされたのだった。 

エンドレ氏は、事業を早く引退し、歴史の研究に没頭する準備をしていた。彼の夢は、伝説のアトランティス大陸の解明。
まず彼は、シュリーマンの孫、パウル・シュリーマンの日記を手にする。その日記には、祖父ハインリッヒ・シュリーマンがトロヤ遺跡採掘の際に偶然発見したアトランティス大陸に関する重要な情報が隠されている、とされていた。

その日記を携え、エンドレ氏はヨーロッパの資産家を数名募り、秘密裏に共同研究に乗り出した。
しかし、参加した資産家は一人ずつ何ものかの手により殺されていき、ついにエンドレ氏自身も命を狙われる。
実は、アトランティス大陸の伝説には、人類史を揺るがす「ある重大な事実」が隠されており、それが明るみになることを阻止したい集団がいるのだ。
そして、瀕死となったエンドレ氏が娘ユリに残した最後の言葉こそが、「日本に行って入矢に会え」だった。

ユリが入矢を訪ねてきた経緯には、このような背景があった。

その経緯を聞いた入矢は、再起を決意し、アトランティス大陸の解明に挑みはじめる。
その後、入矢と仲間達が不撓不屈の精神と知恵で、あらゆる困難を乗り越えながら、アトランティス大陸の伝説と、その背後に隠された人類の秘密に迫っていく。。。というのが大まかなあらすじだ。

入矢は「傷ついた人が立ち直るには味方が必要」という。

もちろん上のヴィルヘルム・エンドレ氏はその一人。

一方、身も心もボロボロで帰国した彼をまず救ったのが、肝っ玉かあさん。
彼女は彼の失敗については何も触れず、最高の笑顔でこう言う。

あんた、何やってたの!?何でもっと早く帰って来なかったの!?私はいつでもあんたの味方だよ!世間様の何百倍もあんたのこと知ってるんだから!

さらに面白いのが、ライバルのフレッド・レイトン卿。資産家の貴族で、オックスフォード大学出身の歴史学者である彼は、入矢の知人でもあった。実は彼こそが、入矢の学説を鋭く批判し、学会から追放されるきっかけをつくった張本人である。
恵まれた境遇のエリートであるレイトン卿は、なぜか入矢をライバル視し続ける。
その理由を、彼のスポンサーであるフランス人の資産家・クロジエに聞かれた時、こう受け答えしている。

クロジエ:ねえ、なぜイリヤが嫌いなの?あなたは勝者で、彼は敗者、、、あなたは富める者で、彼は貧しき者、、、

レイトン:だからですよ。イリヤが学会を追放された直後、私は彼と会いました、、、その時は、私に対するうらみつらみを聞くものとばかり思っていた、、、でも、イリヤはこういった、、、
「最悪な時こそ、一角の人間になれるチャンスだと思って頑張るよ」

クロジエ:それで?

レイトン:腹が立ちませんか?あいつはなにもかも失っているのに、笑ったんですよ。

クロジエ:ふ~ん

入矢のどこまでも前向きな姿勢は、このライバルまでも味方に変えていく。
アトランティス大陸を追う冒険もクライマックスに入ると、レイトン卿は、入矢を助けるため自ら補佐役に回り、こう言う。

あいつは大失態を犯し、学者としてのキャリアを葬られた。なのに懲りず悪びれず、全力で人類最大の夢に近づいている。そういう奴を守れないで何が貴族だ。

この作品は、タイトルの原型になっているホメロスのイリアッドや東方見聞録、シュリーマンとトロヤ遺跡、テンプル騎士団、アーサー王伝説、百合若大臣、始皇帝稜等、実に様々な歴史資料や現存する史実・伝説を折り込んだ上質の歴史ファンタジーだ(原作は『MASTERキートン』、『PLUTO』、『20世紀少年』、『クロコーチ』等の名だたる名作をプロデュースした長崎尚志)。

しかしそれ以上に、一度どん底に落とされた考古学者・入矢が、ゼロから再起し、数々の困難に対して、強く、強く、強く立ち向かい続ける姿、そして、その際に紡がれる言葉に胸を打たれる。

今回、各メディアによる小保方晴子さんに対する凄まじいバッシングを観て、ふと、この名作を思い出し、レビューを書いた。

STAP細胞の件について、実態はこれから明らかにされていくだろうから、何も確定的なことは分からない。
個人的には逆転ホームランを期待しているが、小保方さんが今後、入矢と同じ状況におかれる可能性もある。もしかしたら、個人で償わなければならない失敗も犯しているかもしれない。

もちろん小保方さんにも言い分はあるはずだ。しかし、疑念が完璧に晴れでもしない限り、その言い分は曲解されるか、かき消され続けるだろう。そして、引き続き叩きに、叩きに、叩かれまくるだろう。失意のどん底を這い続けさせられるはずだ。

しかし、小保方さんも、入矢のように、科学を通じて「人類の夢を追求したい」という熱い想いがある限り、どんなことがあっても、諦めず、再び挑戦すればいいと思う。仮に、償わなければならない罪があったとしても、それなりにケジメをつけたら、入矢のように這い上がればいいと思う。誰に何を言われようと、割烹着スタイルも貫けばいいじゃないか。

今回、彼女は手痛い失敗をしたのかもしれない。
しかし、その手痛い失敗をしていなければ、歩めないような道が必ずあると思う。
もし彼女がその道を歩もうとする勇者であるならば、私もそんな勇者の味方になれればと強く思う。

誰にでも夢を見る権利はある・・・
・・・・というか、夢を追うよりも大切なことは、人生にないってことだ。
(再起を決意した時の入矢の言葉より)

イリアス〈上〉 (岩波文庫)
作者:ホメロス
出版社:岩波書店
発売日:1992-09-16
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タイトルのもととなった古典はこれ。英語読みでイリアッドになる。「入矢堂」とかいろいろかかってますな。

古代への情熱―シュリーマン自伝 (新潮文庫)
作者:シュリーマン
出版社:新潮社
発売日:1977-09-01
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作中に何度もでてくるシュリーマンの自伝。事業を早く引退し、トロヤ遺跡の発掘に情熱をかたむけていく様が語られている。シュリーマンは語学の天才で20カ国語以上の言葉を喋れたと言われている。「必要に迫られて、私はどんな言葉でもその習得を著しく容易にする方法を編み出した」その勉強法も紹介している。

シュリーマン―黄金と偽りのトロイ
作者:デイヴィッド・A. トレイル
出版社:青木書店
発売日:1999-02
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ちなみに、シュリーマンは毀誉褒貶が激しい人物で、そのあたりもこの本とかで、よく調べていくとおもしろかったりする。