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洪水のような名言の数々に、頭も顔もぐっちゃぐちゃ。『漫画 君たちはどう生きるか』は間違いなく名著なんです

和久井には、節目節目でお世話になった女性が何人かいます。
離婚をしたとき、フリーランスになるとき、恋をなくしたとき、仕事に行き詰まったとき。
彼女たちは、自分の豊富な人生経験から、いくつものヒントをくれました。

 

自分の人生を自分で生き始めるとき、親以外の大人から新しい視点を与えてもらうのってとても大切なことだと思うんです。

 

親はどうしても自分の子どもを客観的には見られません。自分が苦労をして育てた対象だから見返りも期待しているかもしれないし、自分こそが子どもを理解しているという傲慢もあるかもしれない。

 

でも他人なら違います。 親とは全く違う経験をしていて、親とは違う価値観を持つ大人の愛ある意見って、人生を左右するほど重要だと思うのです。

 

『漫画 君たちはどう生きるか』は、悩める少年コペル君に、伯父さんがいろいろ教えてくれるお話です。
「教えてくれる」と言っても、ああせいこうせいとは言いません。友達との関係を相談し、どうすればいいかと聞くコペルくんに伯父さんは「そりゃあコペル君 決まってるじゃないか」「自分で考えるんだ」と言います。

©羽賀翔一/コルク

「自分で考えなさい」ってきちんと子どもに言える大人はどれだけいるんでしょうか。大人たちは「こうしなさい」「ああしなさい」「これはしちゃダメ」って言うことが圧倒的に多いように思います。そうやって弱者に自分の考えを押しつけることで、大人としての醍醐味を味わえるからです。偉そうなことを言って言うこと聞かせたって、その結果の責任は負わないのにね。

 

この作品は80年も前に出版された小説が原作です。
でも伯父さんから語られる言葉はひとつも古びておらず、人間が生きていく上での真理って決して変わらないんだなと感じます。

 

また、マンガ作品としてチャレンジャーな表現にも衝撃を受けました。
物語は、コペル君の体験と伯父さんとの会話、そして伯父さんからのメッセージといった構成になっています。体験や会話は、マンガとして図解されていた方がわかりやすい。でも伯父さんからのメッセージは観念的な内容で、これを図解しようとするとかえって増長になりそうです。そこでマンガでは、あっさりコマ割りを捨てて、一気に文章で読ませてしまっています。マンガという表現にこだわらない踏ん切りというか発想も、原作者の意図に則っていると感じます。

©羽賀翔一/コルク

伯父さんが無職だっていう設定もいいなと思います。
私たちは学生から社会人になるとき、自分がやりたいことや自分に向く能力がわからないことが多いでしょう。だから「給料がいいから」とか「人から褒められる企業(職業)だから」という理由で働く先を選びがちです。だけど実際に何年か働いてみると、いろんなことが見えてくるはずです。

 

会社にいる先輩の姿から自分の10年後を想像したり、外から見るのとは違った職場や仕事の実際を感じたり、自分がやりたいことが明確に見えてきたりして、いったん立ち止まって考えるようになります。

 

ひとつの企業で働き続けることも立派だと思います。でも伯父さんのような人は「立ち止まって考えた」ことがあり、そしてなんとなく今を引きずることなく、壊してしまえる勇気のある人です。だからコペル君に、自分の頭で考えることの大切さや、考え方の根底となる部分を教えることができるんです。

 

だって自分の過去を否定せずに、なんとなく現状を維持するのが一番ラクじゃないですか。「給料がいいから今の職場を選んだ」なんて言ってる大人、あんまりかっこよくないですよ。誰もが認める結果を出した人が言うなら別だけど。

 

もちろんお金は大事だけど、それを捨ててなにかを考えたり、成し遂げようとする勇気も豊かな人生を送るためには必要です。

 

子どものうちは、勉強さえできれば、言われたことをやっていれば、褒められます。いい学校に入れば周囲からも褒められるから、あたかも自分が優れた人間だと信じることができるかもしれない。

 

和久井は高校を卒業して短大に入った後、就職し、紆余曲折を経て早稲田大学に入学しました。そのときに、周囲の反応がガラリと変わったことが忘れられません。自分のやっていることや考えはほとんど変わらないのに、早稲田という名前がついただけで、みんな手を叩いて褒め称えるんです。「若いうちに大きな名前を手に入れたら、そりゃ勘違いするだろうな」と思いました。

 

「どうしてニュートンは万有引力を見つけることができたんだろう」と不思議に思うコペル君に伯父さんは「『あたりまえ』っていうものが曲者」だと言います。わかった気になってしまったらそれまで。大人になると、なんに対しても「それはこうだよ」とか「そんなことも知らないの?」なんてわかった風な答えをする人がとっても多いです。「わかっていること」が大人だと思っているようなのです。

©羽賀翔一/コルク

「どうしてだろう」「わからない」って言う勇気や発想は、大人になっても前進を続けるエネルギーになるし、もっと大人の人からかわいがられる秘訣だとも思うんですよ。ニュートンの発見が素晴らしいと思う人は多くても「わからない」を見つけることが素晴らしいって実践できる人が多くないのは残念なことです。

 

伯父さんはそういうこともちゃんとわかっていて、コペル君に「学校で教わる学問や社会的マナーはとても大切で基本的なことだ。でもそれを守って教えられたとおりに生きるだけでは半人前だ」と言います。 経験不足で未熟なうちは、間違うことも多くあります。でも人の価値は失敗したことではなく、失敗から何を学ぶかですよね。「ピンチはチャンス」とも言います。

 

見る目のある人は、誰かの失敗が結果ではなく、その先にあるものが結果だと見なすものです。失敗しないということは、チャレンジもしていないということ。若いうちはジャンジャンいろんなことにトライして、失敗して、泣いて怒って暴れればいいんです。でも親や兄弟は、身内が辛い思いをしていることに耐えられないし、自分の負担になる可能性が高いから損得勘定が働いて家族のチャレンジを応援しにくいんです。和久井が、若いうちに直接的な利害のない大人と関わるべきだと思う理由はそこです。

 

和久井はどうしようもなくクソ人間だった20代の頃、年上のお姉さんたちに、これでもかと愛情を注いでもらいました。失敗ばっかりして「自分はダメ人間なんだ」と思いこんでいたときに、伯父さんと同じようにいろいろなことを教えてくれました。「ぞうきんを絞るように体をねじって泣いた」話とか、恋人や友人との人間模様をあれこれ聞かせてくれました。映画やドラマのような波瀾万丈な彼女たちの人生を聞いて「こんなすごい経験をする人は滅多にいないよ」と思ったものです。

 

ちなみにこれが異性だとダメなんですよね。男女で経験することは異なるし、変な期待や欲望が混じることがあるしで、やはり自分よりも一回り、二回り年上の同性が、いちばんの教師なんだと思うんです。
だってこれが伯父さんと姪っ子コペルちゃんの物語だったら、ラストは「伯父さんとコペルちゃんが結婚しました」とか気持ち悪い展開になるかも、みたいな想像をしちゃうじゃないですか。そうすると読み手の気持ちも散っちゃいます。やっぱり物語としても、伯父さんと甥っ子コペル君という設定が最適なのだと思うんですよ。

 

日本は縦社会で年功序列で、悩んで活き活きしてるのは若い人だけで、少女マンガなんかだと特に年上の女が頭の固い悪者で、若者(主人公)と対立させたがる傾向にあります。これはとってももったいないことだと思うんです。だってむしろ、頭の固い和久井の頭をほぐしてくれたのは、社会の荒波に揉まれて活き活きと自分の人生を生きているお姉さんたちだったんだもの。

 

たった1巻の物語ですが、考え抜かれた構成と知恵がギッシリ詰まっています。『漫画 君たちはどう生きるか』を読んで、どう考えるか。人に何かを教えるのではなく、導く作品が名著なのだと思います。

 

『漫画 君たちはどう生きるか』は、間違いなく名著です。

 

漫画 君たちはどう生きるか
原作:吉野源三郎
漫画:羽賀翔一
出版社:マガジンハウス
販売日:2017-08-24
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