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番人が眠ると橋が落ちる!?『バジル氏の優雅な生活』

どんな大人になりたいか?と聞かれたら、僕はバジル氏のような人、と答えたい。

 

『バジル氏の優雅な生活』は、それほど知られている作品ではなく、誰も分かってくれないのでそんな風には答えない。けれど、バシル氏はとても魅力的な主人公だ。

 

強くて、仲間思いで、かっこいい主人公は、マンガの中でたくさん見つけ出すことができる。しかし、優雅で、知性に溢れ、ユーモアのある主人公というと、中々思いつかない。リアリティをもって、描くのが難しいからだ。

 

僕は編集者として、いつもその作品にリアリティがあるかどうかにこだわる。

 

『バジル氏の優雅な生活』の一番の魅力は、リアリティだ。リアリティがあるから主人公が実在するように感じられ、あこがれの対象となりえる。リアリティが足りないと、作品世界へと読者がトリップすることができない。

 

バシル氏は、英国貴族だ。僕は、英国貴族の生活など一切知らない。『バシル氏の優雅な生活』は、細部まで絵が描いてあるわけではない。どちらかというとシンプルな絵だ。一枚絵を見ても、その世界観を想像することはできない。しかし、ストーリーで読むと、その世界観がしっかりと伝わってくる。英国貴族の空気感が伝わってくる。

 

この作品は、マンガにしかできないことを、しっかりと実現できている典型的な作品だ。一流の写真や絵画は、たった1枚の絵で、その世界の空気を生み出す。マンガは、それを絵とストーリーの組み合わせで実現する

 

フィクションとは、1%の創作と99%のリアルで成り立っていると、編集者である僕は考えている。どんなジャンルの作品だとしても、創作の量は、常に1%。あとは、作家の観察したことのアウトプットで、どこに、どんな創作をいれるかが、作家の技量だ。

 

『バジル氏の優雅な生活』は、その創作の入れ方がとてもうまく、バランスがとてもいい連作短編集なので、新人漫画家に理想的なマンガとして推薦したくなる。

 

僕は、担当している作家が読んでいる本を、昔読んで好きな本を、読むようにしている。本は、その作家の血肉となっているため、それを僕も読んでおくと、打ち合わせがしやすくなるからだ。安野モヨコに幼少時代に読んだマンガの中でお勧めを教えてもらった時に、『バジル氏の優雅な生活』を知った。

 

 

僕がもっとも好きなエピソードは、フランスからやってきた少年・ルイに英語を教えるエピソードだ。わがままなルイに、家庭教師は愛想をつかし、バジル氏自らが英語を教えることになる。その教え方が素敵だ。マザーグースをルイに読んで聞かせる。

 

でも、バジル氏は、エピソードを途中で終えてしまって、「番人が眠ると橋が落ちるからだよ」と謎めいた言葉を残す。その理由が知りたくて、ルイは、自分で言葉を覚えようと勝手に努力を始めるのだ。

 

「どういう事だ 好きなものだけ読んでたんじゃ学問にならんじゃないか!!」

「好きでもないものを教えたって覚えんだろう 中略 学問というのは本来何の役にも立たんものだよ 数学にしても考古学や天文学にしても現実の役に立つのは副次的な産物で 本当は好奇心を満足させたいだけなんだ」

「おまえが知りたいと思う答えの半分は本の中にある」

「半分だけ…?残りの半分の答えは?」

「それはまだ誰も知らない 中略 わからない事の方が人間の知識なんだよ わかりきった事になんか誰もわくわくしないからね 世界は謎に満ちているんだ」

 

 

バジル氏の優雅な生活 1 (白泉社文庫)
著者:坂田靖子
出版社:白泉社
販売日:2013-08-15