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ネット無き時代のオタクたちよ!90年代サブカルの青春漫画『神サー!~僕と女神の芸大生活~』
レビュー執筆者:たまごまご

青春漫画『神サー!~僕と女神の芸大生活~』

部屋にやってきた褐色美少女とオタクサークルを作る、熱血大学物語

 

「突然女の子がやってきた」というスタイルの、通称「落ちもの」型作品は、コメディ漫画の花形の一つ。この作品も、大学生の部屋に褐色の少女が訪れるという非常にキャッチーなビジュアルだ。

 

ただ、やってきたのが現代ではなく1996年の日本というかなり特殊な構成になったことで、若者たちのオタクサブカルチャーへの情熱に光を当てた、テーマ性が強い熱血作品になっている。

 

1996年といえば、「新世紀エヴァンゲリオン」ショックで日本のアニメファンが震え上がり、押井守の「攻殻機動隊」が世界中で話題となり、宮崎駿の「もののけ姫」が次の年に公開される、というアニメ文化大爆発の時期。「オタク」の語が一般化し、様々なジャンルのマニアが何かを作ろうと熱気を放っていた時代だ。

 

と同時に、インターネットとパソコンがまだ普及していない、という情報流通の面で今と大きく異なる最後の時期でもある。アニメオタクが情報収集するには、専門誌を買い、テレビ番組をビデオに撮りため、リアルのサークルで話題を共有するしかなかった。

 

大阪芸事大学の映像学科に入学した浅倉水貴(あさくら・みずき)は、漫画やアニメを熱く愛するこだわりの青年。彼がこの大学に入ったのは、アニメエリートを輩出してきたと言われるサークル「MAGI」に入るためだった。ところが「MAGI」は廃部済み。なんとかして復活させたいと願った浅倉は、サークルの最低人数5人を一週間で集めなければいけなくなる。

 

悩む彼がカップ麺にお湯を入れた時現れたのが、黒髪ロングで猫目の美少女バステトだった。彼女は古代エジプトの戦いで力を使い果たした女神。神の力は失われてしまっている。

 

浅倉と組んだバステトはちょっとずつ力を取り戻し、様々なジャンルのオタクに働きかけ、情熱を呼び覚ましていく。

 

過剰すぎる情熱を持った特撮オタクの久留間信一(くるま・しんいち)、創作の道を捨てた漫画描きの羽野(はの)よう子、レアなパソコン・ネットユーザーのアイドルオタク祁答院雅人(けどういん・まさと)など、次第に有志が集まっていく様子は「アベンジャーズ」めいていてワクワクする。

 

バステトが「豊穣と享楽の女神」なのが大きなポイントだろう。神の力は無くなってしまったが、心を豊かにしワクワクする芸術で少しずつ回復する。浅倉とアニメを見たり、徹夜で特撮作品を鑑賞したり、漫画を読んだりすることでどんどん彼女のテンションがあがり、神力ゲージも増えていく。夢中になってオタク文化にのめりこんでいくバステトの姿が、非常にキュート。

 

ここで神力を得たバステトが、メンバー勧誘に力を貸していくことになる。その力の使い方はあくまでも、相手の人間の創作意欲を盛り上げる補助程度に留められているのが見どころだ。

 

漫画を辞めた羽野に対し、彼女が捨てた漫画をショートアニメとして動かして見せた。

「ずっとこんな漫画が読みたい描きたいって何年も何年も温めてきた物……なんで捨てようと思っちゃったんだろう」

きっかけを与えたのはバステトかもしれない。しかし再び漫画を描こうと心に火をつけたのは、彼女自身が元から持っていた熱意だ。

 

「MAGI」がそもそも何をするサークルなのか曖昧なのもあって、今後話が進展したとき、創作者たちの熱の行き場がどうなるのかかなり気になるところ。ただ「面白い」「熱い」という思いは形は違えどみんな同じ。特に浅倉とバステトが、時代を越えて同じサブカルチャーにワクワクしている。それだけで十分、彼らはなにか心を動かすものを生み出してくれそうだ。

 

誰が読んでも楽しめる熱血作品だが、特にネットが無かった時代、情報に渇望していたアラサー、アラフォーのオタクには刺さるものがあるはずなので是非。

 

 

神サー!~僕と女神の芸大生活~ 1 (角川コミックス・エース)
著者:上江洲 誠,黒山 メッキ
出版社:KADOKAWA
販売日:2019-11-09

 

 

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