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一隅を照らし合った二人―比叡山延暦寺大書院『阿・吽』複製原画パネル展示レポート(後編)

 

前編:一隅を照らした原画たちー比叡山延暦寺大書院『阿・吽』複製原画パネル展示レポート

 

2019年11月2日。

比叡山延暦寺、大書院。

『阿・吽』複製原画パネル観賞を堪能し、僕は奥へと進む。

 

大広間には、TSUTAYA BOOKSTORE特別スペースが設けられており、食や文化に関する書籍が展示されていた。その場で購入することもできるらしく、様々な方が本を閲覧していた。

もちろん『阿・吽』全10巻も販売。

先ほど観賞した原画の中で、掲載巻が思い出せなかったものがあった僕は、これ幸いと早速手に取って確認を始める。

 

思い出すための確認だけのはずだった。

でも、大書院という空間が創り出した雰囲気は、僕をあっという間に物語へ連れ込んだ。

 

「私はお山に籠もります……」

 

最澄の決意から始まる物語。

そして、もう何度目かわからないほど引き込まれた『阿・吽』の世界へ。

 

 

阿・吽 (1) (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
著者:おかざき 真里,阿吽社
出版社:小学館
販売日:2014-10-10

そして最澄は高みを目指す

僧が女性と戯れる、醜き光景が存在していた奈良の都。

求めていたものがここにないことを知った最澄は、一から全てを始める決意をした。

 

“「正しさ」が人を救う世をつくる”ため。

 

奈良から遠く離れた地・比叡山に身を置いた最澄は「最も澄む」の名の通り、穢れることも妥協することのない想いを持ち続け、救済を求める多くの人々の心を揺さぶっていく。

しかし、救いの道を教えてもらえる、と思っていた者たちが聞かされたその方法は「己が仏になること」だった。

 

それは現世で誰も見たことのない存在。

たどり着くことのない目標。

 

現世で救われようとする願いが酬われることのない呪いへの道と知ったとき、最澄の弟子達は、最澄を見守り、ただついていくことしか出来なかった。

最澄の考える仏の道は残酷だったのだ。

 

そして現実も、最澄の理想を遮っていく。

 

都の権力闘争に巻き込まれ、奈良仏教勢力の抵抗にもあう。

己が提唱した救世の道は認められず、何度も裏切られ、何度も傷つけられる。

 

最澄は苦しめ続け、ついに五感を失い始める。

 

苦しみの果てに、最澄は己を顧みる。

そしてつぶやく。

「我は。我(あ)を見た」

 

その目に飛び込んできたのは、己と並ぶもう一人の傑僧、空海。

夢物語ではなく、己の肉体が滅びる前に理想を実現しようとするその姿が、最澄の“一隅”を照らすのだった。

 

 

©おかざき真里/小学館

 

 

仏の道を変えていく瞬間を描く

比叡山を飛び出し、遣唐使として未知なる場所へ繰り出すことを決めたとき。

二人は“阿吽の如く”、同じところを向いていた。

 

どこか浮き世の光景のようなタッチが続く作品の中で、少年マンガのような展開が突然やってきた。

一瞬戸惑いを覚えた。

しかし、なぜおかざき先生がそう描いたか、すぐに理解できた。

 

精神世界とか、仏の悟りとか、真理とか、実はよく分からない。

でも、こういうシンクロなら、頷けるし、抵抗なく入っていける。

 

己と同じところを向き、己を知ってくれる存在がいることのほうが、夢や理想の実現より尊いかもしれない、と思い直したのは、読み続けた後の話。

 

「また、やろう」

 

空海にそう言われたことが最澄にとって、とても嬉しかったに違いない。

 

人は、自分だけでは自分たり得ない。

他者がいて、初めて自分は、他者と違う存在として自分を認知できる。

でも、その他者は、誰でもいいわけではない。

 

『阿・吽』はその答えをこう出すに違いない。

「一隅を照らし合える者」

 

 

©おかざき真里/小学館

 

 

「阿」と「吽」が出会ったとき

物語の中で、二人は初めて会話する前に何度も会っている。

しかし、大事なのは、会話し、対話すること。

 

己が発するものを受け止め、返してくれる者を得た最澄。

これまで存在しなかった「我(あ)を満たす」存在を得た空海。

 

これまでの高まる求道への思いと共に、育まれていたはずの「探求心」が、二人からあふれ出す。

 

利益とか損得とか将来とか、本来は頭で考えるものではない。

それは衝動や本質から湧き出る、この世に生まれたものとしての渇望。

 

空海が日本に戻ってきて九州に留めおかれた際、最澄はそれまでにない表情で支援を依頼する。それは、“真理”を得たであろう空海と経典に対する「探求心」からきたものだったに違いない。

 

『阿・吽』の中で、ただまっすぐに真理へ向けて、空海は走り続ける。

比叡山延暦寺に籠もっている最澄とは対照的な姿に、読者は憧れを見出し、最澄には悲しみを感じていくのかもしれない。

 

でも、二人が出会い、共に海を渡れたことが、歴史を大きく動かしていく。

 

もし、“あのまま”最澄が唐に残っていたら、最澄も「探求心」を解き放つことが出来たのだろうか。

その可能性を閉ざす運命の知らせが、最澄から、“純粋な探究者”としての道を奪っていく。

 

ただ、少なくても最澄は空海という、自らの道を語り合う相手を得た。

そして空海は、己をぶつけられる相手を得た。

 

一隅を照らしあったのだ。

 

だから、離れていても、千年の知己のように、二人は繋がりあい、光を放ち続ける。

 

魂の呼応を気づかせてくれたこの作品に出逢えたことを、幸福と言わずになんと言えばいいのだろう?

 

 

 

阿・吽 (10) (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
著者:おかざき 真里,阿吽社
出版社:小学館
販売日:2019-10-11

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