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一隅を照らした原画たちー比叡山延暦寺大書院『阿・吽』複製原画パネル展示レポート(前編)

「すごいねえ、よくできてるねえ」

 

原画を見ながら、そのご夫婦は感嘆の声をあげていた。

畳の部屋に並べられた画、一枚一枚を前から観て、横から観る。

しまいには後ろにまわり、そこから画をみて、また声をあげる。

 

 

©️おかざき真里/小学館

 

 

©️おかざき真里/小学館

 

 

お二人の反応に触発されて、僕も改めて一枚一枚に向き合ってみる。

 

どこか浮き世離れした絵のタッチ。

作品が変わったかのような精神世界の描写。

測りきれない主人公二人の大きさ。

 

読めば読むほど、不思議な読後感が、後から後から沸いてくるのを感じていた。

それでいて、読み込みたいと思っても突き放されたかのような展開。

広くて先の見えない、あのザワツキ。

 

名シーンばかりを厳選したものというのがよくわかる、目の前の一枚一枚。

部屋の雰囲気と相まって、どの画も妖しい表情を魅せる。

 

 

©️おかざき真里/小学館

 

 

一枚一枚を観賞して、僕はひとしきり写真を撮る。

その間、先ほどのご夫婦はまだ画を観ていた。

 

よほど感心しているのだな、と思って見てみると、お二人は画の右下や左上を確認しているように見えた。

 

……もしかして、お二人はこの画を、芸術品(もしくは出展された作品)と勘違いしているのではなかろうか?

 

「これ、マンガなんですよ」

「えーーー、そうなの⁉」

「はい、連載されているマンガなんですよ」

「はーーーー、よくできてるねえ」

 

……結局「よくできてるねえ」なのかい! という気がしたが、その後もお二人は画を見てまわり、ありがたいものをみたような表情で部屋を後にした。

 

……あ、そういえば、『阿・吽』って作品名を言ってなかったな。

 

という失敗をおかしつつも、一通りの原画をもう一度観賞し、僕はその部屋を出た。

 

 

©️おかざき真里/小学館

 

 

2019年11月2日。

比叡山延暦寺、大書院。

『阿・吽』複製原画パネルが展示されている一室は、スッキリとした快晴の光とストーブによる暖かさで、どこか深みのある雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

 

阿・吽(6) (ビッグコミックススペシャル)
著者:おかざき真里
出版社:小学館
販売日:2017-06-30

 

 

ご縁というものはホントにあるものだ。

 

11月に計画していた京都旅行。

行ったことがなかったため、行こうと決めていた比叡山延暦寺。

その延暦寺にゆかりの深い最澄・空海を描いた『阿・吽』のレビューを先月(10月)書かせていただいた。

 

■これぞ『バガボンド』を継ぐ傑作! 夢を持てぬ人よ、『阿・吽』を読んで「犀の角のようにただ独り歩め!

 

 

その複製原画展示会が延暦寺で開かれるという。

しかも、京都旅行時期とピタリと一致。

 

ここまでかみ合った機会。行かないわけにはいかない。

 

京都駅からバスで一時間半弱。

レアラインなのか、派出所の人もバス停間違えていた。

ようやく乗ったら超満員。

かなりの山道、カーブの連続を立ちながら耐えねばならない辛さ。

 

それでも、到着したら、その自信に満ちあふれた佇まいで疲れは吹っ飛んだ。さすが、日本仏教の母なる山。

 

 

 

『阿・吽』の中では「全ての人を救う」ことを使命としていた最澄。

そのかわり、己の幸せを投げ捨てたことで、彼の顔から哀しげな表情が抜けたことはほとんどない。

そして、その思いを汲もうとしても、“その人”になれないことが、本人も最澄をも苦しめる。

比叡山の歴史は、結果として千年先を見据えた営みの積み重ねによって紡がれてきたとも言えるし、血と涙の代償だった、とも言える。

少なくても、ここまでの『阿・吽』の最澄は幸せとは言いがたいなあ。

 

 

©️おかざき真里/小学館

 

 

入場券を購入後、長い上り坂を越え、大講堂が左側に見えたあたりで見えてくるのが、この言葉。

 

 

 

 

一隅を照らす。

 

「経営理念」や「座右の銘」として、用いられることの多い、曙光の至言。

 

「皆、等しく一緒に」そのための心構え。

京都の政治に振り回され、思いが届かない苦しい日々の中、最澄や弟子たちが胸に抱いていたのが、この精神だったのだろう。

 

 

©️おかざき真里/小学館

 

 

「未来を作るのは人です」

「それぞれが自分の持ち場を誠実に澄んだ心で守っていく、一隅を照らす」

 

自分を充実させることが世界をよくする。

わかりやすく、挑む価値がある。だけど難しい。

教えを説いた最澄自身が、この理念を体現できていない、ということが、この難しさを表している。

 

 

©️おかざき真里/小学館

 

 

それでも最澄が説いた究極の“きれい事”は、令和という新たな時代だからこそ、胸に刺さるような気がする。

 

最澄はこの“きれい事”を全ての人に降り注ぐべく、最先端の学問や知識、情報を流派関係なく学べるようにしたという。

会得への修行は過酷だったようだが、それらを乗り越えた者たちが、新しい流派の開祖として、仏教全体を発展させていく。

 

再現可能な教えの実現。

自身の体を投げ出したその生涯が、数多の流派を生み出す原点となり、比叡山延暦寺は日本仏教の母なる山となったのだ。

 

【後編へ続く】

 

 

■■■大阪でも開催!■■■

この『阿・吽』複製原画パネル展が2019年11/26(火)から2週間、TSUTAYA BOOKSTORE 梅田MeRISEで開催されます。この機会にぜひ、おかざき先生の緻密でダイナミックな描線、飲み込まれるようなコマ運びの迫力を間近でご覧ください!

 

 

阿・吽 (1) (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
著者:おかざき 真里,阿吽社
出版社:小学館
販売日:2014-10-10