TOP > マンガ新聞レビュー部 > 殺人者でも好きになれる、女の心理とは? 『正しいお兄ちゃん』は現代の闇を描く恋愛モノ

好きな人が犯罪者だったら、どうだろう?
人殺しだったら……?
殺した相手が、自分の大切な人だったら……?
『私の正しいお兄ちゃん』は、両親が離婚してから会っていないお兄ちゃんと、いつか一緒に暮らすことを夢見ている、女子大生の理世(りぜ)の物語。
バイト先のスーパーで知り合った海利(かいり)は不眠症で、特技「どこでも寝れる」理世に、「安眠のコツ教えて」と言って公園で肩を貸してくれるようお願いします。
これ、下心満載で同じこと言ってきたらめちゃくちゃセクハラだけど、本当に悩んでそうな海利に、理世は協力してあげることにするんです。
どこでも寝られる理世に対して、どうしても眠れない海利。同情と海利の素直な言動とスキンシップ効果とで、理世はまたたくまに海利に惹かれていきます。
ところが、理世は海利が人を殺したことを知ってしまう。
さてどうしよっかなー、というのがストーリーの骨子です。
甘ったるいだけの恋愛モノとはちょっと違う
恋愛ものの醍醐味は、ロミジュリのごとく「ふたりの恋が成就できない障害」にあります。
彼女の彼を好きになったら、彼女が死んじゃって大変な話
イケメンなお兄ちゃんが大好きだけど兄妹として育っちゃって大変な話
好きになった人が感謝しても足りない「あの人」で、かつ憎んでも足りない「あいつ」で、主人公が大変な話。南野陽子と神田正輝で映画化。
『私の正しいお兄ちゃん』は伏線の張り方が上手い。
理世がお兄ちゃんを神聖化していることも、同じアパートに警察官が住んでいることも、何気ない自転車でのやりとりも、ぜんぶ意味があって次に繋がっています。
海利は、仕事ができてスーパーでは正社員にならないかと勧められていて、とても優秀だし優しい。
そんな彼が人を殺さなければいけなかった理由ってなんだ……?
萌え視点では、海利が人を殺めてしまったことで悩んでるところが少女マンガ脳をくすぐります。
罪の意識に苛まれ、恐怖心で眠れなくなってしまうほど、気の弱い海利。
そんな人が殺人だなんて、きっとのっぴきならない事情があったに違いない……!
そして海利さんは私を睡眠薬として求めていて、助けてあげられるのは私だけ……!
みたいな。
そういえば先日、年上のシナリオライターの男性と飲んでるときに、「付き合おうと思ってた人が、親からDVを受けてたみたいで」って言ったら、「そんなの女の気を惹くための作り話だよ」と返されたので、すべてにガックリしています。
あの話が作り話だったら大天才だわ。
女の気を惹くためのトラウマ作り話に、虐待を選びますかね。そんな男に騙されてるって決めつけるの、私にも失礼だし。
そしてその程度の人間観察力でシナリオライターになれてしまう日本のドラマ界の底の薄さというか。
私は家族関係で悩んだので家族のトラウマはビンビン共感するけど、ダメな人はめっちゃ評価落ちると思う。
逆に私は「昔の女で傷ついて」とかの話には侮蔑の気持ちが湧いてくるので、作り話でトラウマ話をするのは博打です。
現代社会で、改善できるはずの「闇」
さてこの作品には、現代の闇がここそこで示されています。
夫と離婚した理世の母親は、男を作っては「女」になって家を出ていく。
女の価値が若さや外見のみで計られ、自立のための教育が行われないことで、「女の性」にしがみついてしまう人はたくさんいます。
「男に選ばれ、結婚すれば勝ち組」という意識は、恋愛に対して女を盲目にさせ、離婚の敷居を上げ、老いに対する恐怖を産み付けます。
こうした「母であることよりも女であることを選んだ」母親に育てられたことで、自分を許してもらえる相手として理世はお兄ちゃんを神格化し、「いつか一緒に暮らす」ことを生きがいとさせたのです。
「女性向けマンガはイケメンに猛烈に好かれて、ハッピーエンドになる話だろ?」と思っている方も多いと思いますが、そんな低俗なものはむしろ少数です。
自立と恋心の間で悩み、仕事を選んで男を捨てるような「女の生き方」を模索する話はごまんとあります。若い頃は「なんで両思いなのにわざわざ別れるんだ!」って思ってたけど、あれは「自分の人生を自分の意志で構築しなさい」っていう作家の人たちからの強烈なメッセージだったんですね。
それから、もうひとつの闇。
理世とお兄ちゃんが両親の離婚のあとに音信不通になってしまったこと。
日本に「子どもの共同親権」がなく、どちらか片親のみが親権を得ることができるシステムにありそうです。
お兄ちゃんは父親に、理世は母親に引き取られ、お互いもう一方の片親との交流がありません。
理世の母親が親としてどうかってレベルなわけで、父母双方で親権を持っていたら、理世が孤独に苛まれることも、お兄ちゃんと生き別れになることもなかったと思われます。
この共同親権を取り入れていないのは日本くらいなもので、各所で「子どもの連れ去り」をはじめ問題が発生していて裁判になっています。
「親が離婚したからきょうだいが音信不通になった」という、当たり前のように語られていることに、実は社会の問題点がひそんでいたりするわけです。
実力と自信がなければ難しいテーマ
恋愛の障害に「人を殺した過去がある」を選ぶとは、作者と編集はなかなか怖い物知らずです。
少し間違えると、「なんでそんな人を好きになるの」と、まったく共感を呼ばない可能性があります。
だから作中では、海利に理世が惹かれていくさまを丁寧に描いていっています。
そしてその「殺してしまった理由」がまたうまい。
どんな理由なら、読者は「それなら仕方ないか」って思えるか、ピントがずれていないんです。
殺人シーンは第2巻に登場するので、ぜひ読んでみてください。
これが「女が『こいつは殺されても仕方ない』って思える理由」ですよ。読んで「やべえ」って思う人、けっこういるんじゃないのかな。
その「理由」は同時に、海利を恋愛対象として受け入れられる最上級の構成にもなっています。うまいです。
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