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『進撃の巨人』見えて来た物語の真相。生き残るための戦いと思っていたものが?

長編マンガを読む楽しさは、物語が続く中で書き手が描こうとすることが徐々に明らかになることです。

諫山創先生の『進撃の巨人』では久しぶりにこのカタルシスを味わうことができました。人間のいやな面を全力で描ききっており、「現実社会でも起こりうるのでは」という怖さと並走し続けました。

 

 

生き残るための戦いが「加害」に変わる瞬間

9月、『進撃の巨人』は連載開始10周年ということで各電子書籍配信サイトで28巻まで無料のキャンペーンがありました。私自身は連載で追いかけていたのですが、第15巻を過ぎたあたりで時間軸とキャラクターが混乱していたのでいい復習の機会だととらえ、挑戦しました。

 

※以下ネタばれありです。ご注意下さい。

 

第10巻から再読し、驚いたのは巻を重ねるなかで主人公らの所属する側の持つ「力」の意味が変わったように受け止められたことです。

 

『進撃の巨人』は2009年から連載を開始。

当初は「意思の疎通が困難な巨人から壁で囲まれた街を守る戦い」が描かれていたので、東日本大震災後に「人間の力を超えるものとの戦いを描く作品」としてメディアで取り上げられることもありました。

(私は納得できなくてモヤモヤしていたのですが。なぜなら連載は震災前から始まっていたから。)

 

確かに途中の巻までは「巨人とそれに立ち向かう人間との戦い」(加えて、腐敗した権力との戦い)だったのですが、謎が明らかになるにつれて「実は主人公らが所属する側は、世界からみれば加害者の系譜で、脅威として恐れられている」という状況を描く方向へ。

 

侵略されている状態に対抗しているつもりが、実はそれは同士討ち。対抗側はいつのまにか武器をそろえ、防衛をこえてとうとう加害にたつという強烈な物語を見せられました。

 

さらに双方に簡単に和解はさせず、謝罪が怒りや恨みの感情を超えきれないことも突きつけるという徹底さ。

 

しかも被害を受けていた人たちが多数派となった地域に残った加害者の系譜の人々は差別をされ、その恨みを同じ戦いを挑んでくる同じく加害者の系譜の人に向ける。

さらにその差別されている状況を抜け出すために「名誉」を目指し、そのための軍隊への参加――世界史を見渡すとどこかの時代、どこかの地域で起きていたことを思い起こしました。

 

サバイバルものとして読んでいたら内戦を含む泥沼の戦いに突き進み、人間が本能的に持つ悪意をまざまざと見せつけられた気分です。

読了感がすっきりするわけではありませんが、とにかく物語の世界には引きずり込まれました。

 

大学のときに文化社会学の授業を受けたため、私はマンガを含むコンテンツを分析するとき、簡単に「その時代を反映している」ということには抑制的です。銃撃戦を描く作品が増えたからといって、現実社会での銃撃戦が増えたわけではなく、そこには複雑な波及回路があるのだと思います。

 

それでも、作品に触れることで時代を考えるということはあり、特に力のある作品はそういうもの。進撃の巨人もそのひとつなのだということを実感しました。

 

 

実社会で起こりそうで怖い

私が進撃の巨人を読み直して一番怖かったのは、巨人の力でも兵器の開発でもなく、巨人の力の継承による意識の乗っ取りや、侵略への対抗がいつのまにか加害になること、影響力の大きい存在による組織の分裂というのが現実社会で起こりそうだと思わされたことです。

 

現実社会に巨人はいませんが「ある人の考え方と徐々に同じような考えになる」というのはありえます。

例えば強烈な考えを持つ人の本を10~15冊ぐらい読んで5回ぐらい講演会にいくと、簡単にその人と同じように考えるようになります。

 

なので巨人のいない現実社会でも『進撃の巨』人のように、叫び声ひとつで巨人=その人の劣化型分身に変えられたり、力を引き継いだ相手の考えに染まっていくというのはあるのではと考えてしまいました。

 

「対抗するための力がいつしか加害もしくは特権になる」というのも、私がまだ気がついていないだけで、起きつつあるのかもしれません。

むしろ、自分が加害側に回らないことを、難しいとは思いつつも心掛けることの重要さをかみしめています。

 

 

物語を支える絵柄

こういう悪意をうまく恐怖に変えて伝えているのが諫山先生の絵柄です。私自身は絵もマンガもかけないので、うまい/下手を判断する立場にはありません。

その私が諫山先生の絵で好きなのはその物語によくあう不安定さ。特にあらゆるキャラクターの目の描き方が秀逸だなと思っています。

 

ちなみにエレンの目は怖い。

最初は何も考えていないようにみえる目だったのが、最新刊に近づくにつれて狂気を含んだ、何かを超えてしまった穏やかな目になってきたからです。新しく調査兵団に加わった若手をフォロワーとして得る姿をみると、「宗教を含む信念でまとまった集団のリーダーはこういう目をしているのでは」と思います。

 

巧みなマーケティング

ここまで考えられたのは、無料キャンペーンがあったから。しかも続きを買うことになったので、「マーケティングうまいなー」と率直に思いました(もちろん割引されていた29巻も購入。マーケティング怖い)。

 

少女マンガを含め長く続いている作品では同じことができそうだです。最近はキャンペーンで1~5巻など長編の最初の部分を無料もしくは割引することが多いですが、中盤以降で盛り上がる作品もあるので是非ほかの作品でもやってみてほしい。

 

個人的に気になるのは、『進撃の巨人』で描かれた考えや状況を諫山先生がどこから考え出したのかということ。

次回作などもあると思いますので、10年後ぐらいに『総集編 進撃の巨人』とかユリイカか現代思想、またはムック本などの特集されるなかで作者の口から明らかになるとうれしいです。

多分寿命は持つと思うので気長に待つ所存です。

 

 

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