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『ハガレン』『銀の匙 』『百姓貴族』に共通するたったひとつの真理とは!?

今なお根強い人気を誇る『鋼の錬金術師』。

主人公・エルリック兄弟の数奇な運命。

逆境にめげない負けん気と兄弟愛。

敵味方双方に魅力的なキャラクターがたくさんいること。

少年マンガとは思えないほどの理不尽な展開。

先の読めない物語、などなど。

特徴は挙げればキリがない。

そして何より、読み返すごとに新しい発見や気づきがある、奥深い作品でもある。

鋼の錬金術師 1巻 (デジタル版ガンガンコミックス)
著者:荒川弘
出版社:スクウェア・エニックス
販売日:2012-03-12

 

 

最近、改めて読み返した。

やはり、気づきがあった。

それは作品の根底に流れている、一人一人は、ただの“ワン”という考え方だ。

 

僕も、アナタも、単位はひとつ(ひとり)

 

例えば、作品内の名台詞ランキングを実施したら、必ずと言っていいほど上位に挙がるこのセリフ。

 

「一は全 全は一」

 

幼いエルリック兄弟に向けて、錬金術師の師から出された問いだ。

 

この問いに対し、二人は

「一はオレ 全は世界」

と解答した。

 

全ては目に見えないけれど、世界は様々なもので成り立っている。

自分もその世界の一部であり、全ては繋がっている。

 

自分という存在と世界とのつながり。

体感した二人だからこそ見出した理(ことわり)。

 

 

今読むと、少し意味合いが変わって見えてくる。

自分も世界の一部ということは、自分も数多存在する命のうちの一つでしかない、ということではないか

 

「貴方はひとりしかいない」とか「あなたらしさを見つけなさい」など、個性を尊重する話を耳にする。

 

しかし、命という単位で考えると、僕も、目の前の人も、隣の人も、通りすがりの人も、単位としてはひとつ(ひとり)。

 

そこに、唯一性や特別性はない。

 

エルリック兄弟はナンバーワン(錬金術師としては最強クラス)。

そして、彼らはオンリーワン(後に父親が登場するが、基本はお互いがたったひとりの肉親)。

でも実態は、ままならない現実に翻弄される、ただの”ワン”。

(だからこそ、抗おうとする精一杯のあがきが、いとおしく見えてくるのだけど)

 

作品内でのエルリック兄弟の勝率が驚くほど低い(完勝は最初と最後だけ?)のも、ここらへんに遠因があるのかもしれない。

 

エルリック兄弟は、自分よりも兄(弟)の命と体を優先する『自己犠牲』行動を最後の最後まで貫いていく。

これも、自分自身をただの”ワン”と見なす土壌があるが故。

 

兄・エドワード(通称エド)は、戦いと事故で自分の腹に突き刺さった鉄柱を抜くために、自分をひとつの“人体”とみなすことで錬金術を発動。

絶体絶命の危機を脱したエピソードは、まさにその土壌があるからこそ出来た判断。

 

死にたくない、という思いを抱えながら、自分を投げ出すごとができる。

同じ一(”ワン”)として自分を他の命と同等に位置づけられる。

 

作品を通じて、命や物事に対する線引きの距離感が、これまでの作品とどこか違う。

その違いが、僕らの胸を揺さぶるのだ。

 

 

この距離感は、著者・荒川弘が酪農家出身ということと、無縁ではないだろう。

荒川弘が現在連載している『銀の匙 Silver Spoon』でも同じようなエピソードがある。

 

 

 

 

農業高校に通う主人公・八軒が、可愛がっていたブタを解体して食べるシーン。

 

愛情を注いで、名前まで付けたブタ。

八軒は割り切るのに時間を費やし、最後はその肉を全て買って、食べることを選ぶ。

 

最後は食べるのだから、必要以上の愛情を注がないほうがいい、とクラスメートは忠告する。

結局、肉になってしまえば他と同じ食べ物なのだから。

 

でも、家畜の命を、人と同じひとつ(この場合は一匹)と見なしてしまう八軒。

彼の命に対する姿勢は、クラスメート達を次第に巻き込んでいき、双方が近づきながら現実と向き合っていく。

 

少年誌としては地味で渋いテーマを取り扱うにも関わらず、じーんと胸が熱くなるエピソード。

これも”ワン”の違いを、読者が本能的に感じているからではないだろうか。

 

ヒトは、元々”ワン”だった

 

きっと、はるか昔、ヒトは自然や他の生き物と同じ”ワン”だった。

お互い守るべき(飛び越えてはいけない)距離感があり、理不尽を抱えながらどこかで一線を引いて尊重しあっていた。

その根底にあったのは、自分たちはナンバーワンでありオンリーワンであるけれど、ただの”ワン”である、ということではなかったか。

 

もし、変わりたいと思っていたら。

今の自分や社会に違和感を感じる方がいるのなら。

 

どこかで一度自分を投げ出してみる、というのもひとつの選択肢かもしれない。

 

 

ちなみに、荒川弘は自身の経験を踏まえた 『百姓貴族』という酪農エッセイ・コミックも連載している。

酪農あるあるから、北海道最強説(笑)、食や四季の話など、これまでの荒川作品の原点とも言えるエピソードがおもしろおかしく描かれている。

この子にして、この親あり、というぶっ飛んだ荒川一族が読めるのも、魅力のひとつ。

 

©荒川弘/新書館

 

 

©荒川弘/新書館

 

 

 

だが、この作品を読むと、荒川弘は、「投げ出しすぎている」ことに気付く。

 

 

特に新人の漫画家に向けて、編集担当・イシイさんが荒川さんにアドバイスをもらうエピソードは、すがすがしいほどのブラックぶり!

 

イシイさん、

「そうだ 荒川さんはご実家にいた頃から漫画描いていたんですよね? あんな生活の中でどうやって漫画描くヒマ捻り出してたんですか?」

 

荒川さん、

「あーー漫画を描くヒマの捻出方法ね!カンタンカンタン!」

 

「寝なきゃいいじゃん!!」

 

……荒川弘自身から学べることは意外と少ない、かも(むしろ学んじゃいけない)

 

これも、個を投げ出したが故か(笑)。

 

 

 

 

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