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ひきこもる子供部屋前に毎日三食を置く母親が、ある日異変に気づく『ねぇ、ママ』

ひきこもり、ネグレクト、母親業、子どもの巣立ち…心が締め付けられる読み切り短編集

 

変わらない毎日は、安定した生活と言えるだろうか。

 

若者支援NPOの活動を通じて、長い間、自室から出ることのない生活を過ごした若者、そしてご家族と出会って来た。 

 

家庭内暴力やDV、ゴミ屋敷やネグレクトと呼ばれる崩壊家庭が語られる一方、終わりの見えない、動きなき日常のなかで苦しんできた家庭も少なくない。

 

何か言えば喧嘩になり、手を差し伸べようとすればトラブルに発展する。

互いの生存確認をしながらも、干渉も接触もない関係性ががっちりはまった状態を「奇妙な安定」と呼ぶ。

本来は不安定この上なく、第三者が聞けば「おかしいのではないか」と思える家庭空間は、アンバランスにアンバランスを重ねた結果、安定してしまう。そして時が止まる。 

 

 

あるひきこもり家庭の物語

ひきこもり状態の子どもがいる家庭のなかには、三食を毎回、子ども部屋の前に置き、食べ終わった食器の様子を見て、我が子がしっかり栄養を摂っているか確認をする母親がいる。 

 

置いた食事が一切手を付けられていないことに気が付いた母親は、何度も確認をした上で息子の部屋に入る。

いるべきはずの息子はおらず、脱ぎ捨てられた洋服が床に置かれ、机には一冊の書籍がそっと置かれている。 

 

書籍名『死ぬまでに見ておきたい 日本の絶景』を見て、母親の身体は硬直する。 

 

 

電車の切符をたどたどしく購入し、行列に並ぶ彼。

特急列車が扉を開くも、動かない行列の後部で、各駅停車を待って並んでいるひとがいることい気が付く。 

 

乗車予定の電車に乗り、一息つく。乗客の会話が耳に入ってくるも、彼の視線はどこも見ていない。

長く外出をしていない彼にとって、何もかもが不安でしかない。 

 

 

母親は息子が残した書籍を胸に抱えながら、息子のベッドに横たわっている姿を、帰宅した父親が見つける。

 

母親:「警察に届けなきゃ」 

 

父親:「17の男の子が自分で出かけて半日帰ってこないだけでかい?」 

 

母親:「だってあなた 洋紀 もう2年もほとんど部屋にこもりきりだったのよ」 

   「歩き方も覚えているかあやしいわ 足だって退化しているかもしれない だってトイレとかお風呂とか いつ行っているのかもわからないんだから」 

 

 

学校ではクラスメイトからからかわれ、無視され、いじめられた。学校に行けなく、ベッドから起きられなくなった彼と、その理由がわからず、心が壊れかけていく母親。

ひきこもりが長くなった彼は、髪の毛も自分で切っている。

 

 

自宅から出られなくなった彼。

幼い頃にソファーに座り、『死ぬまでに見ておきたい 日本の絶景』を、柔らかく優しい空間で、母親とともに眺めた記憶。 

 

死ぬまでに見ておきたいほどの、日本の絶景を目の当たりにした彼。

絶景を前に、流れ落ちる涙、そして彼は言う。 

 

「生きててよかった」 

 

夕飯の準備をする母親、息子が自宅のドアを開ける音。そして……。

 

結局、「母」という存在はどういうことか?

本書『ねぇ、ママ』(池辺 葵)は、「母親」をテーマにした短編集である。

本当の母親、血のつながらない母親、母親的な愛情を注ぐもの、さまざまな切り口で

“「母親」とは何か”

“「母親」とは誰か”

を描き、家族とは親とは何か、誰なのか、を私たちに提起する一冊だ。

 

 

 

ねぇ、ママ (A.L.C.DX)
無料試し読み
著者:池辺葵
出版社:秋田書店
販売日:2017-06-16

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