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「死刑!」「八丈島のきょん!」の『がきデカ』へ、鬼才「山上たつひこ」の物語

ホラー・不条理・笑いが際立つ初期作品

今でこそ山上たつひこと言えば、誰もが思いつくのは『がきデカ』だ。

その『がきデカ』が1970年代に少年チャンピオンで連載が始まった当初、多くの読者は戸惑ったはずだ。

その前に発表していたSFディストピア大長編『光る風』と新作の『がきデカ』は、あまりに作風が違うので驚いたに違いない。

 

 

光る風
著者:山上 たつひこ
出版社:フリースタイル
がきデカ 1 (少年チャンピオン・コミックス)
著者:山上 たつひこ
出版社:秋田書店

 

しかし、わたしは山上氏の初期短編を知っていたので、あまり驚かなかった。

山上氏の初期作品は、日常に潜むホラー・不条理・笑いを切り取ったものが多かったからだ。

 

 

伝説の雑誌で頭角を現す

わたしが山上氏に出会ったのは、手塚プロが刊行していた今は亡き伝説の雑誌、月刊COM誌上だった。

Wikiによれば、最初にCOMに掲載されたのは1968年5月号の『遺稿』、翌月が『破局への招待』、そして7月からは長編連載『人類戦記』が開始。

キャッチコピーは「鬼才」だったように思う。

 

『遺稿』は、このたび初期短編集を買い求めるまであまり記憶にはなかったが、本を開いて最初のページを見たとたん、すべてを思い出した。

山上氏の絵柄・コマ割り・ネームには独特のものがあるからだ。

 

『回転―山上たつひこ初期傑作選』より『遺稿』の一ページ目

 

 

そして、わたしが山上氏を強烈に脳裏に刻み込んだのは、次に掲載されたSF短編『破局への招待』である。

どういうわけか、知る限りではどの選集や作品集にも掲載されていないのだが、50年経った今でも最後のコマは鮮烈に覚えている。

 

 

そして期待感MAXで始まった『人類戦記』。

これもまた連載初回のシーンをいくつも覚えている。

 

遠い未来、異星人たちと共存するようになった人類。

主人公が宇宙ステーションのバーで「ゴーラ」と注文する。コマの外に脚注があり、「コーラの間違いではない、れっきとしたゴーラという飲み物である」という作者からの注意(笑)があった。

 

また異星人のひとりが「キーッ、腹が立つ、おまえたち地球人、みな、同じ顔!」と喧嘩を売ると、主人公が「それはこっちの言うせりふだ」と返すなど、当時SFファンになったばかりのわたしは、夢中になって読んだものだ。

 

 

だが、ああ、なんということ。

この『人類戦記』の向かった先は悲しかった。

当時のわたしは初めて「才能のあるクリエイターにも限界があり、それはどうにもならないものなのだ」ということを知った、とだけ書いておくことにする。

 

 

メジャーデビューを飾った中期作品

一方で、山上氏は1969年3月『人類戦記』連載終了と入れ替わるように、2月に少年マガジンにおいて『二人の救世主』でメジャーデビューした。

この作品はタイムトラベルもののSF中編で、わたしの期待を全く裏切らないどころか、遙かに越える名作だった。

やはり山上氏は短編や中編が合っているのではないか、などと漠然と思ったものだ。

 

そして。
いくつかの中編を発表したあげく、満を持して始まったのが『光る風』だった。

多くの読者が熱狂して迎えたようだが、『人類戦記』を読んでいたわたしは、初めから悪い予感がしていた。

 

案の定、その予感は当ってしまうのだが、山上氏に対する評価は決して変わらなかった。

山上氏の才能は違うところにある、と信じて疑わなかったからだ。
『光る風』の連載は1970年中に終了し、翌1971年には少年誌で数作の作品発表はあるものの、その後数年間は何年か少年誌には登場していない。(参照:Wikipedia)

 

 

ついに誕生した『がきデカ』

わたしのような一般的年少(?)読者の前に山上氏が再登場したのは、1974年。それが『がきデカ』であった。

 

初回から、「ああ、山上たつひこが戻ってきた」と感じた。
日常の中の不条理・ホラー・恐怖に裏打ちされた笑い。

そしてそれらの果てにある現実との断絶。
すべて、山上氏が彼の才能の中に持っている技だ。

 

落語を例にとってもわかるが、そもそも恐怖と笑いはほんの薄い膜で隔てられているだけなのだ。
だからこそ、『がきデカ』のファンには初期短編集を読んでほしい。
『がきデカ』の恐ろしさと笑いがより深く感じられるだろうから。

 

この作品集『回転―山上たつひこ初期傑作選』には、わたしが初めて出会った『遺稿』のほか、SF・ホラー・ミステリーなどが収められているが、どの作品にも「こまわりくん」のDNAがどこかに必ず隠れている。

 

長い道を経て、山上氏は『がきデカ』という頂上へ到達した。

 

山上氏はご自身の弁によると『光る風』を黒歴史だと感じておられるようだが、いやいやどうして。

『光る風』と『人類戦記』は山上たつひこ氏にとって、レオナルド・ダ・ヴィンチにおける“野心作にして、失敗に終わった”「アンギアリの戦い」だったとわたしは思っている。

 

 

 

回転―山上たつひこ初期傑作選
著者:山上 たつひこ
出版社:小学館クリエイティブ

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