TOP > マンガHONZ > 追悼:『僕だけがいない街』 客員レビュー by 小池一夫 秀逸な「謎」と長セリフの「妙」

本稿は、小池一夫先生の追悼として、2014年7月にマンガ新聞の前身マンガHONZに掲載したインタビューを再掲するものです。先生のご冥福をお祈りします。
本稿では小池先生が最近注目されている『僕だけがいない街』の感想を中心に、口述筆記の形でまとめております。レビューのほかにも面白いお話を沢山聞かせていただきました!(菊池)
独特の長いセリフに引き込まれました。
『僕だけがいない街』は、僕の講座を受けている若い人からすすめられたことがきっかけで知りました。日課にしている書店巡りの際に、一度に4巻を購入しました。
僕は常々、作品のタイトルを極力キャラクター名にしなさいと若い人に教えています。『僕だけがいない街』というタイトルは、それに反するものでしたが、特徴のあるタイトルが印象に残りました。

2014年7月 高輪プリンスホテルにて著者撮影
『僕だけがいない街』は、僕たちが言う「貼付」文字がとても多い作品です。いつも若い人に教えるのは、マンガは出来るだけ短い言葉でセリフなどを表現する事が原点であるということ。モノローグと言った心の声は、絵で表現するというものと教えてきました。もし主人公の内面を文字にするのであれば、短く印象的なセリフにするか、主人公以外に喋らせるなどしないと、主人公のキャラクターが起っていかないんです。
例えば「おまえはもう死んでいる」(北斗の拳)という言葉はとても短い言葉で判りやすい。流行語にもなる。僕の『子連れ狼』も、ラストシーンで「我が、孫よ」と一言で終わります(笑)
本作ではそんな僕が、三部けいさん独特の長いセリフに引き込まれました。主人公が、自分の母親殺しの犯人に仕立て上げられるシーンなどは、非常に面白いですね。マンガの表現の基本的な手法を、あれだけ変えても、引き込まれるというのは面白いなと思います。KADOKAWAさんが掴んでいる若い世代は、こういう長いセリフを読むんだなぁと感心しました。
マンガの場合は、心の中の思いを、吹き出しや貼り付けで文字にすると、吹き出しが大きくなってしまい、画を描けるスペースが小さくなり結果的に画が死んでしまう。そうなると見開きなどでも表現に制約が大きくなるし、ページ数も増えてしまいます。それでも、セリフに面白さがあれば感情移入は出来るという、本作は新しい表現の形なのだと思います。
面白かったのは「ドックンドックン」という表現です。主人公は、リバイバル(再上映)と言う過去の世界に2日でも3日でも戻って行ける力を持っています。「ドックンドックン」という表現と共に、過去に戻ることが出来る。これは非常にスリリングで面白かったです。大ヒットしていく要素があると思います。
謎があるから作品は読まれ、その謎を解いていく過程が物語となる。本作はその謎が秀逸。
マスメディアの世界でずっとやってきたのは、「なぞなぞ」です。マンガだけではなく、TVドラマや映画、アニメや小説も例外ではありません。
マンガには謎が必要です。謎があるから作品は読まれ、その謎を解いていく過程が物語となるわけです。本作はその謎が秀逸です。今のマンガの世界は、謎が足りません。その謎が面白いほど、作品が魅力的になります。
ぼくだけがいない街の「謎々効果」について書くと、18年前の連続殺人事件について、誰が、なぜそんなことをするか?これが大きな謎になっています。次々怪しげな人が出てきますが、この人が犯人かと思うと、後ほど違うということになる。この引きずり方が秀逸です。
また、頭の中は28歳なのに、18年前の小学生時代に戻ってしまう。リバイバルによる過去への戻り方は、マンガとしては珍しいかなと思いました。これは30年前の父親と会話が出来るという『オーロラの彼方へ』(映画)に近いかなと思いました。
謎ときのおもしろさという意味で、近いなと思った作品が、直木賞を取った葉室燐さんの小説『川あかり』でした。弱いサムライがどうやって強いサムライに勝つのか。少しずつ謎が解かれていきラストシーンに近づいていく、この過程がとても面白いです。
僕の書いている書籍などでは、紙面が足らず書けませんが、直接会って話が出来るゼミでは、謎でキャラクターを起てる「なぞなぞ方式」を教えています。最近は人間の本能と、キャラクターの関係について研究をしていて、セロトニン、ドーパミンと言ったホルモンのことなども研究しています。マンガでも、「どうすれば読者にホルモンを出させることができるか」ということが、とても重要なのです。
『僕だけがいない街』は、タイトルの付け方や、「貼付」文字の多さについては、僕の理論とはかけ離れているのですが、謎の設定が秀逸で魅力的です。僕にとっても、早く先が読みたい、続きが楽しみな作品です。
ぼくのマンガ論、「物語でキャラクターを起てる」ということとはかけ離れていき、戸惑っています。
最近は、マスメディアが負けて行き、ソーシャルメディアが優勢になっているように思っています。アメリカでも、初音ミクが流行しはじめている。そうなると、過去も未来も家族構成も判らないキャラクターが流行するという状況で、ぼくのマンガ論、「物語でキャラクターを起てる」ということとはかけ離れていき、戸惑っています。
どういう変化が現在起きているかを、現在は確かめています。最近、ソーシャルメディアを代表する企業の一つであるドワンゴさんと巨大なマスメディアグループであるKADOKAWAさんが統合を発表しましたが、ソーシャルメディアで無数のユーザーに愛され、育てられてきた初音ミクのようなソーシャルキャラクター、これをKADOKAWAがマスメディアの世界で収益化していくといった仕組みが出来てくるのかも知れません。
ソーシャルメディアの世界では、まずはキャラクターが作られ、それをヒットさせて、後から物語が出来ていくという広がり方があるのかなと。KADOKAWAさんとドワンゴさんの統合にはそういう意味があるのかと思います。
ソーシャルメディアの世界では誰でも作品を発表できる一方で、手塚治虫先生や藤子不二雄さんのような昔からの大作家のコンテンツや、大ヒットし一世を風靡した作品も同じようにも置かれている。非常に狭い空間にひしめきあっているように感じます。今、漫画家志望が沢山いますが、ソーシャルな世界で勝負できるか、食べていけるか、判らないです。少ないパイの中で勝負するのは大変だと思います。
ソーシャルメディアの時代では、お金をどう稼げるか判りません。スマートフォンが流行していくと、今の日本のマンガの形式、右から左のスクロールや縦書き文字の表現は広まりにくいです。海外に出ると英語に変える必要があるが、日本のマンガはなかなかそれが難しい。変化の流れが早く、どうなるか判りません。
アメリカのコミコンや、フランスのジャパンエキスポなど、海外にしばしば行きますが、海外のイベントに日本のマンガ家さんとかはあまり行っていないんじゃないかと思います。アメリカのイベントなどでは、スタン・リー(*)とかにも気軽に会えるんですけどもね。
ほんとにマンガの世界はどうすれば良いのか、どうすればこれから食べて行けるのか、判らない時代ですが、一つ確かなことは、マスメディアでもソーシャルメディアでも、今後どのようなメディアができても、人の心を動かす「キャラクター」というものが、ヒットの鍵を握ることは変わりがない。それだけは確かだと思いますね。
*: スタン・リー: 漫画原作者、『スパイダーマン』『X-メン』の原作者。現在もマーベル・コミックの重鎮。小池一夫とは昵懇で、アメリカのフェスなどで顔を合わせると、氏を「カズ」と呼び親しくしている。
< 参考リンク:小池先生のコミコンレポート >
小池一夫も謎の設定が秀逸と言わしめる、直木賞作家葉室燐の時代小説。
剣劇ものと思いきや、謎が少しずつ重なり、本命と思われた手段まで主人公が自身で封じて迎えたクライマックスは、果たして!?
小池一夫を「キャラクターマン」と言わしめる意味で、内容的にも色んな意味で象徴的な作品。80歳まで間もない氏だが、人類で初音ミクに一番詳しい70代だと思われる。
小池一夫先生ツイッターアカウント:@koikekazuo
――――――2019年4月追記
忘れもしない2014年の夏、いつもいらっしゃる高輪プリンスホテルで、本当にお元気なころの小池先生と最後にお話しをさせていただいたタイミングでした。
この時はお元気と申しますか、大変なパワーをお持ちの状態で、インタビューとは関係のない、歴史論や作家論も沢山聞かせいただきました。
一時代を築かれた先生の、これまでの活躍を心底から称えつつ、ご冥福をお祈りいたします。
インタビュー当時は6巻まで出ているところでしたが、現在の最新刊は9巻外伝まで出ての完結作品となっております。
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