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街を漂い、泊め男に心身を委ねるしかない少女たち。『ノラと雑草』を読めば、大事にされた経験がないことの悲しい意味を知ることができる。

 

 

自分の事 もっと大事にしてほしい

 

家出を繰り返し、泊め男に心身を委ねる小さな女子高生に声をかける中年男性。もしかしたら、私たちの誰もが彼女を前に、声をかけるとしたら“そのような言葉”を選ぶかもしれない。

 

大事って何!?された事ねーから分かんねーし

 

主人公の海野詩織の返答は、私たちの身近に存在する、家庭でも学校でも大切にされたことのない少女の声かもしれない。

 

違法風俗を摘発する警察は、調書を取り親の元に少女を送り届ける。

 

「ダメよぉ もうあんな仕事しちゃ」

 

お金を稼ぐことの大変さ、まだ勉強しないといけない年齢、少女のことを思ってかける言葉は空虚だ。

 

自宅では虐待とネグレクト、実の親から言われる産まなければよかったの罵声。

少女を付け狙う男性に殺されかけ、助けを求める電話の向こうに響く、母からの「そのまま殺された方が・・・」という言葉。

 

小さな世界のなかで排除され、助けを求めた男性に身体を求められ、殺されかける。

 

 

そんな日常を生きる少女の姿を描いた漫画『ノラと雑草』には、私たちが学ぶべき少女たちのリアルがある。

 

これ以上、少女たちが傷つけられないため、事件があるごとにメディアは騒ぎ立てる。

一刻も早く、子どもたちの命と尊厳が守られる社会にしていかなければならない。それを否定する人間はいないだろう。

 

ただ、実際に目の前でたたずむ少女に出会ったとき、私たちは上述したような声をかけてしまうのではないだろうか。

 

 

この作品のもうひとりの主人公である刑事の山田は、詩織によく似た実の娘を亡くしている。

だからこそ、違法風俗で詩織を見たときから、刑事という職業、ひとりの大人、という枠を越えて詩織を守るかどうか葛藤する。

 

山田の姿は、私たちの鏡かもしれない。

 

親元に返してもダメ、住まいを探してネットで泊め男を探さざるを得ない状況、そして殺されかけ怯える詩織を、山田は自宅に連れていく。

娘を投影させた詩織にやましい気持ちをぶつける気はなくとも、泊めてくれる“やさしい男性”に対して、詩織が提供できることは経験的にも実質的にも限られている。

 

そして・・・

 

 

『ノラと雑草』はさまざまな読み方ができる漫画である。

 

詩織のような少女が生み出される社会構造を考えること。いまある構造的課題に対して解決策をひねり出すこと。少女たちの背景を理解すること。

そして、目の前に詩織のような少女がいた場合、自分はどのような言葉をかけられるのか自問自答すること。

 

本書はどこか遠い世界の話ではなく、いま、現実にいる少女たちそのものを映し出している社会的な教科書とも言える一冊である。

 

 

ノラと雑草(1) (モーニング KC)
著者:真造 圭伍
出版社:講談社
販売日:2018-11-22