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人としてタブーの限りを尽くす美人教師!真のサイコパスを描いた問題作『マイナス 完全版』

凄まじいマンガです。

 

世にある数多の物語において、サイコパスやそれに類する性質を持つキャラクターはしばしば登場します。しかし、この『マイナス』という作品と主人公の恩田は一線を画しています。

 

 

マイナス 完全版(1)
著者:山崎紗也夏
出版社:ナンバーナイン
販売日:2018-06-26

 

 

物語の冒頭で、恩田が幼少期に父親によって、家の窓から川へ突き落とされるという酷い虐待を受けるシーンが描かれます。

そのことがトラウマとなってしまい、誰もが目を引かれる美貌を持つ女教師となりながらも、内心では人に嫌われることを異常に恐れる人間として成長した恩田。

 

 

©山崎紗也夏/ナンバーナイン

 

 

教師の同僚との初の会話に失敗した後には、職員室で悪口を言われているのではないか、始業式でおならをしたことで笑い合っている生徒を見ては気取っていると嫌われたのではないか、といった風に、具体的な被害妄想がマンガとして数コマから半ページでしばしば描かれます。

 

さらには、女生徒たちと話しながら尿意をもよおした時に、「ここで会話を途切れさせてまでトイレに行っては空気の読めないヤツだと思われる」と必死に我慢し続け、最終的に教壇の前で人知れず決壊するという、壮絶な一話から物語は始まります。

 

ここまでは、むしろギャグテイストを強く感じさせるものでした。しかし、二話目以降加速度的に様子がおかしくなっていきます。

 

テストの答案用紙に書かれたいたずら書きを真に受けて、男子生徒と関係を持つのは序の口。

 

 

©山崎紗也夏/ナンバーナイン

 

 

この後、どんどん取り返しのつかないところまで突き進んで行きます。その際の「後始末」の仕方も凄絶です。

 

他人の感情の動き方に対して的外れな言動を繰り返し、次第に自分の思うようにならないことに対して、恐れよりも苛立ちの方が強く現れ始め、やがて他人を支配的に扱うことに愉悦を覚え始める恩田。

彼女は、理性の箍が外れたとんでもない悪女として描かれ、傷害沙汰や遂には人類最大のタブーにまで及んで行きます。

 

極めつけは、雑誌掲載時には回収騒ぎになり通常の単行本では未掲載となった二話です。

 

簡潔に言えば遭難して子供の人肉を食べる話なのですが、これはもう突き抜けすぎています。

食べることを見込んで子供を見殺しにし、丸焼きにして食べる狂気たるや……。

 

この話では問題のシーン以外でも、たまたま持っていた食料を生徒には見つからないよう自分だけでこっそり食べたり、雨に降られて洞窟に避難するシーンでの「あんたたちは若くて丈夫だから良いでしょ」と、生徒が持っていたタオルを奪うシーンだったり、恩田の他人の痛みに鈍感で極めて利己的な性格を描写するエピソードが細かく積み重ねられ、彼女のサイコパスぶりに強い説得力を持たせられています。

 

サイコパスやそれに類する人間が犯罪を起こすマンガと言うのは、一般的にシリアスな物語として緊迫感を持って描かれます。

しかし、この『マイナス』が異彩を放つのは、残忍な行為が行われる前後でもギャグテイストも散りばめられているところです。

 

 

©山崎紗也夏/ナンバーナイン

 

 

これを読むと、まさしく真のサイコパスはこれくらいのスナック感覚で他人を傷つけたり殺したりしているのかな、と恐ろしさと共に一端の理解を得られます。

一般的な感覚との著しい乖離、永遠に埋まることのないであろう深い深い断絶が感じられます。こういう読み味の作品はなかなかありません。

 

しかしながら、恩田とて先天的にそうなってしまった訳ではありません。

一番大きいのは幼少期に父親から受けた虐待であり、それによって歪んでしまった性格が引き起こした思春期時代に受け続けたいじめも負の連鎖として重なり、この性向を形成するに至っています。

 

環境さえ違えばこんなモンスターが生まれてしまうことはなく、逆に言えば誰しも環境次第で心が歪められて恩田のようになってしまう可能性があったわけです。

1巻から5巻まで、人心を顧みない凶行を繰り返しながらも、常に情緒不安定に謝罪を繰り返す恩田の姿が印象的です。

 

恩田のぶっ飛んだ行為の数々は、フィクションとして楽しむ分には刺激的で面白い部分もあります。しかし、現実に引き戻して考えるといたたまれない気持ちが強くなります。

 

『マイナス』というタイトルは「負」を意味する単語の意味に加え、ギリシャ神話のデュオニソスの熱烈な信徒でありデュオニソスの呪いによって狂乱に陥り、残虐な暴行や性交に及んだ女性「マイナス」のことも意味していると考えられます。

 

正にデュオニソス的な、人の力の及ぶ所ではない運命や世界といった無秩序なるものに翻弄される、矛盾をはらんだ一人の人間の在り様の切なさとやるせなさ。

結末を迎えた時に訪れる名状しがたい感情は、本作を単なる怪作ではなく傑作たらしめています。

 

 

マイナス 完全版(1)
著者:山崎紗也夏
出版社:ナンバーナイン
販売日:2018-06-26
マイナス 完全版(2)
著者:山崎紗也夏
出版社:ナンバーナイン
販売日:2018-06-26
マイナス 完全版(3)
著者:山崎紗也夏
出版社:ナンバーナイン
販売日:2018-06-26
マイナス 完全版(4)
著者:山崎紗也夏
出版社:ナンバーナイン
販売日:2018-06-26
マイナス 完全版(5)
著者:山崎紗也夏
出版社:ナンバーナイン
販売日:2018-06-26