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「モンキー・パンチ」の由来をあなたは知っていますか?青年マンガを普及させた男たちの知られざる戦い『ルーザーズ』

 

 

突然ですが、あなたは「モンキー・パンチ」という名前を知っていますか?

 

 

 

知ってるよ!という方も多いでしょうが、知らない方もいらっしゃると思うのでご説明しますと、

『ルパン三世』の生みの親です。

 

マンガが好きなあなたなら、この名前を聞いて分からないということはないでしょう。

つい先日も第5シリーズが日テレの深夜枠にてテレビ放送され、大好評のうちに終了しました。

老若男女、幅広い世代に愛される名作です。

 

 

 

では、この「モンキー・パンチ」という名前の由来をあなたは知っていますか?

 

 

 

実は、この名前の由来には、とある中堅出版社に勤めていた一人の編集者の苦悩と、世の中の「常識」との戦いが関係しています。

その戦いの記録が描かれているものこそ、今回ご紹介するマンガ『ルーザーズ』です。

まず最初にあらすじを書いてから、具体的な紹介をさせていただきたいと思います。

 

1967年7月、日本初の週刊青年マンガ誌「漫画アクション」が誕生――
その約2年前、後の初代編集長である清水文人は、「漫画ストーリー」編集長として新しい漫画を世に送り出そうと悩んでいた。
そんな中、ゴミ箱から拾い上げた一冊の同人誌「マニア」に“何か"を感じる。
徹底した取材と漫画への愛情から紡ぎだされる「漫画アクション」創刊秘話!

 

 

1.当時のマンガ事情と「漫画ストーリー」

 

時は1965年、まだ「週刊少年ジャンプ」がなく、「少年マガジン」と「少年サンデー」、さらに今はなき「少年キング」しか

少年漫画誌が存在していなかったころ、大人向けマンガとして唯一発行されていたのが、双葉社から発行されていた

漫画ストーリー」でした。

 

ちばてつやの『ハリスの旋風』、藤子不二雄の『オバケのQ太郎』に子供たちは夢中になり、さまざまなストーリーで読者を魅了していた一方で、

当時の大人向けマンガはというと、政治や社会をなじった四コマなど、軽いタッチの風刺漫画が主流だったそうです。

 

少年誌で描かれているようなマンガはあまりなく、つまり、当時のマンガはあくまで「子供向け」だったのです。

大人たちの大半はマンガを他愛のないものだと捉え、ほとんど興味関心を示しませんでした。

 

そんな社会背景のなか、「漫画ストーリー」が社会的にも会社内的にも安泰な立場をとれることはなく、

いつ廃刊に追いやられるか分からない恐怖と戦いながら、週刊誌を作る部署の片隅にスペースをもらって雑誌作りをする日々でした。

 

そんななか、当時の「漫画ストーリー」編集長だった清水氏が、会社のごみ箱から一冊の同人誌を見つけます。

欧米のマンガチックな絵柄に、一人の男がタバコを加えながら左手に拳銃を掲げている。タイトルは「マニア」。

そして、同人誌を裏返すと「加藤一彦」という氏名と連絡先が書かれていました。

 

そう、この「加藤一彦」こそ、のちの「モンキー・パンチ」であり、マンガが大人も楽しめるものなのだという「意識改革」を後押しした作家だったのです。

 

 

ここから「漫画ストーリー」が日本初の週刊青年向けマンガ誌「漫画アクション」を生み出す苦難の道のりがスタートしたのでした。

 

 

2.「敗者」だったからこそ起こせた奇跡の物語

 

なぜこのような物語を生み出すことができたのか、理由を自分なりに考えてみました。

それはおそらく、この物語に出てくる人たちが「何者でもなかったから」なのではないでしょうか。

 

双葉社は当時、木造二階建ての小さな出版社でした。

小学館や講談社、新潮社や文芸春秋などのような歴史ある出版社ではなく、もともと銭湯であった建物をリフォームして作られた、本当に出版社なのか分からない風貌だったそうです。

 

実際、作中にもモンキー・パンチこと加藤氏が初めて双葉社を訪れた時の様子が描かれていますが、

「え、ここがそうなの?」というようなリアクションで描かれています。

 

そして、そこで働いていた人たちもまた、大手出版社との待遇の差に愕然としつつ、

いつまでこの仕事を続けていられるのか分からないという、焦りと不安を抱えながら過ごしていたようです。

 

ただ、自分が思うに、おそらくこの不安定な状況がバネとなって、このような奇跡の物語を生み出すことができたのないでしょうか。

 

多分、初めての週刊青年漫画誌としての発行も、大手であったらできなかったと思います。

彼らはとても待遇的に恵まれていて、しかも少年マンガがとても成功していたので、あえてリスクをとって青年向けマンガの市場を開拓する必要はありません。

 

当時の双葉社含め、何ももっていなかったからこそ、このジャンルで勝負しようと飛び込むことができたのではないでしょうか。

モンキー・パンチ氏も決して順風満帆なマンガ家生活でなかったこともあり、夢破れた敗者だったからこそ成しえた奇跡を指して、このタイトルの『ルーザーズ』という名前になっているのだと思いました。

 

 

3.マンガのこれから

 

マンガは素晴らしいメディアです。活字だけでは表現できない演出を絵で可能にし、映像ではできない短い制作期間と予算で長編映画一本分のストーリーを描いてしまう。こんなに奥深くて力強いメディアは他にはありません。

 

ただ、そんなマンガもまだまだ世界には広まりきっておらず、一部の「オタク」と呼ばれる人に愛されているばかりです。

なぜなら、世界ではまだマンガは「子供のもの」だからです。

 

スーパーマンやスパイダーマンといったアメコミが欧米では主流であり、それらを「子供向け」と位置づけていることも大きな要因です。

世界の常識の壁を、日本のマンガはまだ打ち崩せていないのです。

 

ただ、最近こんなニュースを目にしました。

来年の2019年5月23日~8月26日までイギリスの大英博物館で日本のマンガ展をやるのだそうです。

 

https://www.britishmuseum.org/whats_on/exhibitions/manga.aspx

 

このイベントは、日本が世界に進出するうえでの大きな一歩になるとぼくは考えています。

大英博物館という栄誉ある博物館で日本のマンガが展示されれば、大勢の人たちに注目され、そこから日本のマンガに興味をもって読んでくれる外国人の方もいるでしょう。

 

 

たとえそれまで馴染みがなかったとしても、きっかけさえ提供できれば、マンガの良さや面白さは理解してもらえるはずです。

 

それこそ「漫画アクション」が日本の大人たちのマンガに、マンガに対する認識を変革することに貢献したように、少しずつこういったムーブメントが世界中の人たちの意識を変えていってくれるのではないでしょうか。

 

思い込みや偏見は、その人の視野と世界を狭めてしまいます。

そういったものを取っ払うような活動を、ぼくは応援したいです。

 

 

 

 

ちなみに、「モンキー・パンチ」の由来ですが、

西遊記が好きだから「モンキー」、風刺漫画雑誌の「パンチ」からとって

「モンキー・パンチ」なんだそうです。

最初は嫌がっていた氏も、50年以上愛用する名前になったそうです。