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『セッちゃん』の「セ」はセックスの「セ」?誰とでも寝る女の子になぜか共感できる理由。

この文章を書いた日曜の夜はとにかく切なかった。

 

生理2日目で腰は痛いし、風邪を引いてお腹も痛い。

『ジョジョの奇妙な冒険』6部を読み終えてスタンド能力のあまりの難しさに頭を抱え、「運命」とは何かと悩んだり、複雑な夜だった。

 

そんな夜に私は『セッちゃん』を読んだ。

切なすぎて、なんでか分からないけど悲しくて泣いた。

 

主人公のセッちゃんと私に共通点はほとんどない。強いていえば女ということぐらいだと思う。

でも彼女は私の中にある複雑な気持ちの部分をチクリと刺して、涙となって溢れさせた。

この作品はなんなんだろう?と単純に思った。

 

 

誰とでも寝るセッちゃんと、共通点はないのに共感が持てる理由

 

セッちゃんは誰とでも寝るけど、誰とも付き合わない。
セックスは「ごめーん」も「ありがとー」も要らないから、めんどうがなくていいらしい。

 

彼女は自分のことをバカだと言うけど、ほかの女のバカさに気づく鋭さはある。
でもだからと言ってセッちゃん自身が傷ついたり、相手を故意的に傷つけることもない。

 

いわゆる自分にも他人にも無関心な女の子だ。唯一好きなのは妹のうたちゃんぐらい。

 

 

この時点で、私は主人公と自分の共通点はないなと思った。
なのになぜか強烈に共感してしまった。

 

心を開いている友人と飲んでる時や、疲れて家に帰って彼氏に愚痴を吐き出す時、ひとりで布団に入って無性に寂しくなった時。

 

私は「あーーもう、なんかどうでもいい、私含めみんなもうどうでもいいよ、どうにでもなれ」と言ったり思ったりする時がある。

投げやりになって、自暴自棄になる。すべてが面倒くさくなる。そしてしばらくぼーっとしてから寝る。

『セッちゃん』を読んでいると、その時の感覚にものすごく近いなと思って共感できた。

 

 

そんな彼女が、なんでもそつなくこなすけど誰にも興味を持てない「あっくん」と出会う。

あっくんには、夢見がちで計算高い彼女のまみちゃんがいる。

 

まみちゃんはあっくんとセッちゃんにとってはバカだけど、多分読者にとってはバカじゃなくて、どこまでも普通の女の子だ。

でもあっくんはセッちゃんといる方が素の自分で居られる。セッちゃんもあっくんの側にいると落ち着く。

 

初めてセックスもなく隣にいた相手の前で、セッちゃんはもしかしたら「せつこ」のセッちゃんになれていたのかもしれない。

 

衝撃的な展開に呆気に取られる私(読者)

 

この物語は、冒頭を読めばおおよその結末はわかる。

それでも途中のストーリーの流れからみると、やっぱり最後の展開は衝撃的だった。

 

あっくんとセッちゃんの周りは常に理不尽な暴力があったし、まあ正直人間いつどうなるか分からない。

それでも私はセッちゃんに幸せになって欲しかった。願わくばあっくんとふたりで。

 

それが自分の救いになるような気がしていた。だからこそこの漫画を読み終わったあと、切なくて泣けてきたんだと思う。センチメンタルな気分とはこのことかと戸惑う程だ。

 

 

一言で言うには難しいけど『セッちゃん』は、やっぱり現実は自分がどうにかして向き合って、自分の力で幸せにならないといけないんだな、と思えた一作だった。

 

気になる人はぜひ読んでみてください。夜中に読むことをおすすめします。

 

文:駒村(@koma_ja