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無垢な善意が引き起こす人間関係の複雑性。30歳の男性と13歳の少女を取り巻く、ありふれた日常の中の非日常。

ロッタレイン 1 (ビッグコミックススペシャル)
著者:松本 剛
出版社:小学館
販売日:2017-08-10
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唯一の家族であった母親を亡くし、上司のパワハラと愛を確かめ合っていた女性からの別れの言葉。仕事を終えたバス運転手の玉井一(30歳)は、電気の消えた職場の片隅で上司と別れた彼女が性行為におよぶ場面を目撃する。

 

回送車のバスは、ブレーキを踏まれることなくバス会社のゲートをくぐり、社屋に追突する。意識が戻ったベッドの上、母の遺影を前に嗚咽する玉井の前に透き通るような紅い唇の山口初穂(13)が現れる。

 

 

来ないで。

 

 

そういって消えた少女は翌日、初老の男性とともに再び姿を見せた。男性は十四年前に家族を捨てて出て行った父親で、初穂と澄也という小学校三年生の男の子のいる家族のもとで暮らさないかと提案する。孤独となった息子に対する無垢の善意である。しかし、それは初穂と澄也にとって関係性を複雑にすることに他ならない。だからこそ、初穂は「来ないで。」と言ったのだ。

 

自分と母親を捨てた父親への怒り、動かない身体、そして美しい少女のこと。玉井は彼らが暮らす新潟県長岡市に足を運ぶ。

 

初穂は連れ子で、澄也は父親と新しい妻との実子という複雑な家庭であり、初穂は田舎の中学校でいじめを受けている。妻子ある男の妾であった母親の子どもという立場は、初穂の呼び名を「二号さん」とした。

 

みんなの人気者である男子学生は初穂に恋心を抱くも、それがさらなるいじめにつながる。それでも、父親がはぐくんできた家庭に馴染み、そのささやかな幸せを壊さないよう早く東京に戻ろうと決めたところで、初穂の母親が急死する。

 

葬儀では気丈にふるまう初穂も、生まれたときから一緒にいた母親を亡くし、天涯孤独を感じる。そこに男子学生が善意をもってキスをする。これもまた無垢な善意、中学生にとっての正義だったのかもしれない。しかし、それを見た一(はじめ)は正義感からか男子学生を殴り、追い払う。それ以降、男子学生は初穂のストーカー的な存在となってしまう。

 

このように、誰かが誰かのために善意を振り向けることで、善意を受けた個人は人間関係の複雑性を増していく。『ロッタレイン』に登場する人物は、それぞれが強くもなく、弱くもない、私たちと同じ人間として描かれながらも、誰かの善意とそれによる関係の複雑性を制御しきれず、より複雑な関係となっていく。

 

困っている、悩んでいる他者のため、心からの善意をもって手を差し伸べることは、関係性の部分最適になるかもしれない。しかしながら、その個人が置かれた人間関係のエコシステムにおける心的トレードオフが発生するところまで、ひとは他者を想像することも、理解することもできない。

 

一つひとつの善意は私たちの日常にありふれている。個々の関係性において私たちは悩み、私たちは迷う。しかし、それらは関係性の一側面でしかなく、ひとつの善意、誰かの善行が引き起こす関係性の変化は非常に複雑に相互作用し、30歳男性と13歳女性の二人を中心としながらも、個々のキャラクターが持つ関係性のエコシステムが複雑に絡み合った人間模様を描く『ロッタレイン』は、現代社会における人間模様を淡々と私たちに突きつける。

 

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