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※押見修造『ハピネス』6巻までの内容に触れています。未読の方はご留意ください。

 

気づいたら世界は灰色だった。
ゴミ箱をぶちまけたようなくそったれな日常のなかに、凡庸で吐き気がする幸せに浸かっているクソムシたちが犇めいていた。

 

押見修造さんの『惡の華』に刻まれていたのは、世界への憎しみだった。
そして、必死に見下しているクソムシたちと何も変わらない、ただの肉のカタマリに過ぎない己への憎しみだった。

 

『惡の華』は、そんなクソムシである僕たちが——普通に馴染めずはみ出せもしない僕たちが、それでも生きていくための物語だった。
寄る辺なく膨れあがってしまった醜い自我と、向き合い、折り合いをつけるための物語だった。

 

惡の華(1) (少年マガジンKC)

 

だけど……己がただの人間に過ぎない現実から目を背け、この終わらない日常の「向こう側」を望み続けてしまう人間もいるのかもしれない。

 

『惡の華』に刻まれた世界への憎しみ。
それを最悪のカタチで実現し、なお飽き足らない欲動を抱えた“大人”が、押見修造さんの最新作『ハピネス』に登場した。

 

ハピネス(1) (講談社コミックス)
著者:押見 修造
出版社:講談社
販売日:2015-07-09

 

1990年代における一連の「現実」を彷彿させられる、彼の正体が明らかになるのは第6巻。
そこへ至るまでのストーリーを紹介する。

きっと、月が綺麗な夜に

フレンチドッグとカツサンド

あとメロンパン


地味で冴えない高校生・岡崎誠はクラスのイケてるやつらにパシられていた。
彼は教室という世界の最底辺にいた。

 

帰宅すると学校で運よく目にしたパンチラをおかずにオナニーして、束の間の安らぎを得る。
はっとDVDの返却期限が近いことに気がついて、自転車で夜道へと漕ぎだした。

「あいつら死ねばいいのに」
 か…

クラスの底辺仲間・布田くんの呟きを反芻していた時——岡崎はナニカが建物から飛び降りるのを目撃——襲われる。

 

首元へと犬歯を突き立てられ、痛みに悶えながら天を仰ぐと——美しい少女が彼に跨がっていた。
口元を岡崎の血で濡らし、圧倒的な“非日常”を纏った彼女は微笑み、岡崎に問うた。

このまま
死ぬ?
それとも
同じになる?

 

死にたく…
ない…

目を覚ますと、岡崎は病院のベッドの上にいた……光が異常に眩しい。
そして、彼はナニカ分からない欲動に襲われていたのだった——「渇く……」

人間でなくなった僕と君

退院しても、岡崎の渇きは止まなかった。
久しぶりに登校すると、女子生徒の下腹部から漂う匂いに渇きの衝動が強まるのを感じる。

 

理性が混濁した岡崎は、パシリのために彼を呼んだクラスのイケてる男子・大野勇樹の鼻先を思わず殴り……鼻血が零れた。
床に垂れた血を目にして、彼は猛烈な衝動に襲われる——「なめたい」

 

その場から逃げ出したものの、岡崎の我慢は続かなかった。
翌日、吸血衝動が臨界点に達し、ひとがいない場所を求めて学校を彷徨い床に倒れ込んでしまう。

 

運悪く女子生徒が通りすがり、心配から近寄ってくれた彼女に覆い被さった岡崎は、その首筋へ食らいつこうとして——
——彼女は岡崎を抱きしめた。

 

途端、吸血衝動に歪んでいた世界が平静を取り戻した。
慌てて女子生徒に平謝りすると、彼女は岡崎へと笑い声を漏らすのだった。

そんなに我慢できないほど興奮しちゃったんすか?
私に

彼女は五所雪子と名乗った。

さよなら、日常

屋上手前の踊り場で、ひとり空を眺めながらお昼を食べる。
五所雪子は、そんな女の子だった。

 

岡崎が弟に似てると語る彼女と一緒に空を眺め、会話して……彼は初めて女の子の“友達”を手に入れたのだ。

 

やがて岡崎は、ある経緯からクラスで殴ってしまった相手・勇樹とも距離を縮め、勇樹の彼女・白石菜緒とも仲良くなる。
下校して友達たちとボウリングして遊ぶ——そんな団欒を手に入れた。

 

けれど、平穏な日常は長く続かなかった。

 

その夜、岡崎と勇樹の日常を見知らぬ吸血鬼の少年が強襲した。
彼に血を吸われた勇樹もまた吸血鬼になってしまう。

 

何故だろうか、岡崎よりもひどい渇きに勇樹は襲われていた。
病院で痙攣する身体の拘束を解かれた勇樹は、母親の首に食らいつき、血を吸い——殺した。
幼い頃、彼を真っ直ぐに見つめてくれていた母とのかつてを思い出しながら、「だいすき…」と呟いて……。

 

「同じになる」ことを拒絶し、吸血衝動に必死に抗おうとする岡崎。
吸血衝動に蹂躙され、日常を己の手で破壊してしまう勇樹。

 

人間としての理性と吸血鬼としての欲動に揺れる、ふたりの対立を巡り物語は進展する。
岡崎は自分を吸血鬼にした女の子・ノラと再会し、ひとを自分の手で殺した勇樹と決別し、ノラとふたりでひとを殺さずに生き延びることを決意するが……。

 

一方で、彼らふたりの消息を追う五所のもとへ——最悪の彼が接近していた。
「吸血鬼」の存在を知るその男は、桜根正美と名乗った。

Aであり続ける彼と

桜根とふたりの行方を追っていた五所に、勇樹から着信が入る。
勇樹は彼女だった白石と、その両親を殺していた……好きなはずだった彼女なのに。
自殺しようとしても死ねない——そんな電話だった。

 

彼の元へ駆けつける桜根と五所。
絶望に染まった勇樹に対して、桜根はひどく優しい慰めの言葉を投げかける。

オレはわかってるよ
きみがどれだけつらい思いをしてきたか

でもそんなこと誰もわかってくれない

自分は味方だ、自分の血を全部やると話す桜根に、勇樹は応えた。

連れてってくれ…

このシーンを読む時、嫌な予感が身体中を巡ったのは僕だけではないはずだ。
僕たちは、彼のことを知っている気がした。

 

逃げずにひとを殺したことと向き合うべきだと異を唱える五所へ、桜根は吐き捨てる。

くだらない
無知蒙昧な
肉のカタマリが

そうだ、「肉のカタマリ」という言葉の意味を、僕は知っている。
世界への侮蔑と憎悪、何者でもない自分が凡庸に生きてゆくことへの嫌悪。

 

常軌を逸したナニカを察し、逃げ出した五所の首を桜根はナイフで切り裂いた。

ぼくも昔人を殺したんだ
子供を3匹
これで…4匹目だ

「同じになる」その手前で生き続けるために

15年の時が経ち、壊れきった日常に五所は生き残っていた。
『ハピネス』は第5巻の後半から、大人になった五所の視点から物語が進む。

 

首と心に大きな傷を負った五所が少しずつ回復してきたある日、手に取った週刊誌の誌面を見て彼女は硬直した。

“吸血鬼”少年、35歳。

その見出しとともに映し出された男は、宮根だった。

 

彼の正体は、かつて児童3人を殺害し、その血を抜き取る猟奇殺人で世間を騒がせた元吸血鬼少年。
現在は宗教団体「幸せの血」でコミューン生活をしている彼は——吸血鬼を崇めているという。

あのまま五所さんに助けてもらえなかったら
僕……どうなってたか…

五所を押し倒した後で、岡崎はこう語っていた。
きっとその通りだろう。


なにかのきっかけで、「あいつら、死ねばいいのに」という言葉を彼が現実にしていた可能性はあったかもしれない。
けれど五所との出逢いが、彼を「同じになる」ことを拒む道へと引き留めた。

 

しかし、底知れない闇を抱えた勇樹は簡単にひとを殺してしまった。
そして“彼”に共感する/されてしまう自我を、年齢が離れた僕たちも抱えているのかもしれない。

 

僕たちはたしかに渇いている。
非日常への浪漫に浸り、孤独な自我に耽り、ただ生きているだけでは満たされない閉塞感に苛まれている。

 

けれど、絶対に“彼”と「同じになる」のは拒むべきなのだ。

 

『ハピネス』という物語は、第二章とも呼ぶべき展開、「元吸血鬼少年」との闘いに突入した。
宮根が潜む宗教団体へ接近しようとする五所が目にするモノはなにか? 
そして岡崎とノラの行方も知れない——今からでも『ハピネス』を読むのは遅くない。

 

ハピネス(8) (講談社コミックス)
著者:押見 修造
出版社:講談社
販売日:2018-06-08

 

最新の第8巻まで、きっと手が止まらない。

これは「今」を病みながら生きる僕たちのための物語だから。

 

文=マルモ(星海社)

 

 

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