TOP > マンガ新聞レビュー部 > ジブリのファンタジー好きなら見逃せない。現実から少...

私たちには、現実を忘れたい瞬間が必ず訪れる。
そんな時、いったいどうすればいいのだろうか?

 

もしも今、つらい気持ちに追い込まれている人が身近にいたならば、僕はファンタジー作品を手渡したい。ファンタジーの需要は、古来から、人の気持ちの逃げ場にあるのだと思う。

 

では、どんなファンタジー作品がいいだろうか?

 

冒険心をかき立てるヒロイック・ファンタジーもいい。もしかしたら、不条理な世界観に重きを置くダーク・ファンタジーが合うかもしれない。けれどもやはり、スタジオジブリ作品のような、「何度でも見返し、浸りたくなる作品」を選んでみたい。

 

そして今、選ぶとするならば。
そんな「浸りたくなる」作品のひとつ『赤髪の白雪姫』を薦めたい。

 

赤髪の白雪姫 1 (花とゆめコミックス)
著者:あきづき空太
出版社:白泉社
販売日:2015-06-12
  • Amazon


『赤髪の白雪姫』は、ジブリのファンタジー作や上橋菜穂子さんの『守り人』シリーズなど、「浸りたくなる」世界観をもった作品が好きな人ならば、自信をもってお薦めできる作品だ。

本作が初の連載作である新人作家さん*とは思えないほどである。
*とはいえ2006年から連載は続いているので、もはや新人といっては失礼かもしれないが。

 

そもそもファンタジー作品は異世界や非日常が舞台なので、気持ちの逃げ場として浸りたくなるものが主である。それはそうだと思うのだが、「何度でも見返し」たくなる作品となると、その他の作品とはひと味違うものがある。

 

以前、芥川賞作家の平野啓一郎氏が「ページをめくる手が止まらない作品よりも、読み終わるのが惜しくてページをめくりたくない(けれど読み進めてしまう)作品を作りたくなった」と言っていたことがあるが、後者のような作品はどうしても数が少ないのだ。

 

作品の良さを味わってもらうためには、なにより実際「浸ってもらう」のが一番だろう。本当を言えば、とにかく今1巻読んでみていただきたい。だからここからは、蛇足である。蛇足を承知で、浸りたくなる世界観の魅力を語ってみようと思う。

 

「空気」の描きかたの秀逸さ

まず特筆すべきなのは、この著者の描写力である。

たとえば『赤髪の白雪姫』12巻では、作品の舞台であるクラリネス王国の戴冠式の様子と、登場する10人弱の登場人物それぞれの心情を、約8ページ絵"だけ"で描いていたりする。

 

(C)あきづき空太/白泉社
(C)あきづき空太/白泉社

 

さすがにこのシーンは例外だとしても、セリフを最小限にし、表情や人物の距離感の描写から人物の気持ちを読ませる力がすばらしい。

 

どうしても説明が過多な作品では「読み込んでいる」意識になってしまうのだが、本作は描写によって登場人物の心理を読ませるので、あたかも自分が世界の中にいて人々や情景を見まわしている、そんな感覚になるのだ。

 

世界描写のリアリティ

次に注目したいのが、世界観の描き方である。

 

文化人類学者にしてマンガ家の都留泰作氏が『<面白さ>の研究』という本で、上橋菜穂子さんの作品の魅力を語っていた。

 

それは、人間的現実を自然にファンタジーの要素と結び付けられている点だという。例として挙げられていたのが、『獣の奏者Ⅰ 闘蛇編』のなかの「調理」という具体的な行動と体験に依存した描写である。

サンガ牛とかガンラのタレとか、名前もよく分からない食材が作品には登場しているのに、それが妙に美味しそうに思えてくるというのだ。

 

そんな上橋菜穂子作品と同様に、『赤髪の白雪姫』もファンタジーの世界へと自然に読者を誘いこむ。

 

例えば11巻にある「薬室長のために体を癒すお茶をつくる」シーンでは、体力回復にいいルコの実やシュリアの花の氷砂糖などを混ぜ、薬膳茶をつくっている。

セツカの皮の風味が強すぎるので、セツカの実の蜂蜜漬けをいれて出来あがったお茶。おいしそうで、飲んでみたい。

 

(C)あきづき空太/白泉社
(C)あきづき空太/白泉社

 

小説の描写方法とはまた違い、マンガならではの描写力がひと味もふた味も加えていることは、注目したい。

 

登場人物の生き様のリアリティ

さて、作品の舞台はクラリネス王国を中心とした、架空の世界である。

しかもタイトルのとおり「白雪姫」をモチーフとしているのだが、そこに描かれる恋愛模様は「守られるお姫さま」ではない。まったく違う。

 

初めて出会った白雪に好意を寄せつつも、国の第二王子・ゼンはこう言う。

 

(C)あきづき空太/白泉社

 

この会話のやりとり。突き放している訳ではなく、愛情があるからこそ、また相手を対等に想い信頼しているからこそ、意思を尊重する。なんとも現代的な会話ではないだろうか。

 

その後の展開も現代的だ。

庶民と王族という身分差がある二人だが、乗り越えるために白雪は、自分が持つ薬剤師の資格を活かそうと考える。

 

庶民の自分が堂々と王宮にいられるようにと考え、宮廷薬剤師の試験を受け、合格する。

宮廷薬剤師として働くことで、能力を発揮し、徐々に自分の存在意義を周囲にも理解させていくのだ。

 

また、物語が進むにつれ白雪の宮廷薬剤師としての能力が買われたがゆえに転任が決まってしまい、2年間の遠距離恋愛になるという展開も待ち受けている。

あれ、これ、ファンタジーだよね?と思いながらも、それがしっかりとファンタジーでいて、浸れてしまうから、不思議なのである。

 

美しく勇気づけられる言葉づかい

最後に、印象に残るセリフまわしも、魅力として記しておきたい。

 

「敵を見抜く事に囚われるより まず 誰が味方か知る事です」(ミツヒデ)

「今(わたしに)出来る一番必要なことをやるよ」(白雪)

「簡単なわけあるか、信じるからな 俺は 自分の目と味方の目と、ついでにお前をだ」(ゼン)

「約束されていないから そうありたいと望むんだ だから人は動く」(ゼン)

 

・・・などなど。

 

とまぁここまで書いてはみたものの、やはり百聞は一見に如かず。
この絵の力と言葉の力による「何度でも見返し、浸りたくなる」引力は、実際に体験してみていただきたい。

 

赤髪の白雪姫 1 (花とゆめコミックス)
著者:あきづき空太
出版社:白泉社
販売日:2015-06-12
  • Amazon

 

なお、ファンタジー世界ではなく、現実世界を描いた、同作者の作品はこちら『青春攻略本』。

全2巻でさくっと楽しめる、青春漫画。

ジブリの映画『耳をすませば』 が好きな人などには、ぴったりな作品だと思う。

 

青春攻略本 1 (花とゆめコミックス)
著者:あきづき空太
出版社:白泉社
販売日:2015-06-12
  • Amazon

 

 

そして最後に、参考文献。
上述した、文化人類学者 兼 マンガ家の都留泰作氏による新書『<面白さ>の研究』である。

 

<面白さ>の研究 世界観エンタメはなぜブームを生むのか (角川新書)
著者:都留 泰作
出版社:KADOKAWA / 角川書店
販売日:2015-08-10
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