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 周囲とうまく自分の思いを伝えられない少女が、友人や異性との出会いを通じて成長していく姿を描く青春マンガ『君に届け』。男女の間、友達の間、ライバルとの間でいろいろな「声」が届き、コミュニティのなかで人間関係が出来ていきます。そして実はその「声」が届いてからの展開が面白い。特に「地元を離れる女の子」「女性同士の絆」を描いた点がとても新鮮でした。
 
 
君に届け 30 (マーガレットコミックス)
著者:椎名 軽穂
出版社:集英社
販売日:2018-03-23
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■「声」が届くのは恋人だけじゃない

 
 椎名軽穂さんによる『君に届け』は『別冊マーガレット』で連載され、2010年には実写映画にもなりました。
 
 主人公は黒沢爽子。芯は強く、やさしいけれど、うまく周りとコミュニケーションがとれないことで、なかなか周囲の人になじめない。それが矢野あやねや、吉田千鶴(ちず)といった友達とのつながり、ライバルとの出会いで自分の「声」を相手に伝えることの重要性を自覚。友達の輪のなかに徐々に入ると同時に、同級生の風早翔太と恋人同士になります。
 
 誤解やすれ違い、ライバルの登場がありつつも、高校生らしいつきあいに至る爽子と風早。2人の恋物語は、マンガ新聞のレビューで和久井香菜子さんが分類した、「少女マンガの読み手の精神的成長度合い」でいうと、「恋に恋するイケメンあこがれ期」の人が楽しめると思われます。
 

 ただ、爽子が関係をつくる相手は、風早だけではありません。導いてくれる教師、ちょっとしたきっかけで声をかけてくれた友達、風早を巡るライバル、恋の師匠、風早の両親と多種多様。タイトルの『君に届け』は、異性に恋心が届くだけでなく、ライバル宣言、友達になりたいという思いが「届く」ことでもあるのでしょう。

 

■画期的な「地元や恋人と離れる女性」を描く

 

 さらに、興味深いのは思いが届いたあとの展開です。「友達や恋人ができてよかった。もう一人じゃないから、クリスマスや新年、残りの学校生活を楽しく過ごすのだよね」と思っていたら、『君に届け』は高校生の進路というもっとリアリティのある世界を描くことに向かいました。

 
 連載開始時に高校1年生だった爽子らも物語が進むうちに高校3年生に進級。北海道の札幌市など中心地から離れた地域に住むとみられる爽子らは「その先の人生をどうするのか」が突きつけられます。
 
 印象的なのは進路の選び方です。爽子は、友達の中で自分が出来ること、楽しいこと(=勉強を教える)を自覚したことから、教師をめざし札幌市内の大学に進学します。そして同じ大学にいくのはなんと風早を巡ってライバルだった胡桃沢梅。一方恋人の風早は地元の大学に進学を決めました。当然、遠距離恋愛となります。なお、爽子の友達のひとり、ちずは地元に残り、矢野は東京の大学を選びます。
 
 文部科学省によると、日本で2017年3月に高校を卒業した人で大学・短大に進学したのは全体の54・6%。大学学部生に占める女性の割合は、43・7%まで上昇しており、ある程度世相の流れを取り込んで作られるマンガの登場人物が大学に行くことは今はなんの不自然さもありません。
すでに1990年代の少女マンガ『彼氏と彼女の事情』で、キャラクターの一人、宮沢雪乃は医学部に進学し、ろびこさんの『となりの怪物くん』でもキャラの何人かは大学(一人は海外へ)に進学しました。
 
 数ある青春マンガで、『君に届け』の描く進路が興味深いのは3つ。ひとつは爽子が将来を見据えて進学先を決めていること。自分自身を振り返れば、高校生のときにここまで選択できたか自信がありません。そういう点でしっかり将来を考えて先を選ぶ爽子はまぶしい存在です。
 
 もうひとつは折角恋人同士になった相手との遠距離恋愛を、戸惑いながらも選んだこと。少しステレオタイプな見方かもしれませんが、これまでの少年マンガや少女マンガでは、恋仲になるとなんとか一緒にいよう、同じ時間を過ごそうと頑張りました。もちろん進路を含む次のステージもなるべく距離の近いところを選ぶ。同じ時期に連載していた少女マンガ『好きっていいなよ。』では、橘めいと黒沢大和は高校卒業後、お互いの生活がありつつも、なんとか一緒に過ごす時間を作ろうとします。
 
 彼らに比べると、遠距離になることを選べた風早と爽子はすごい。大人になってからの恋愛や結婚でも、距離が離れることは2人にとっての「試練」とされるのに、まだ未成年の2人にとってどれほどなのか、と。(もちろんそこまでの過程を説得力ある展開で描ける作者の力です)先のために今の別れを選ぶことができる心の強さに、ただただ感服するばかりです。
 
 もうひとつは、育った場所を離れる女性がいるということ。昔のコンテンツの世界では、「女性は育った場所にとどまり、男性は育った場所から出て一段の成長を目指す」が基本でした。歌謡曲「木綿のハンカチーフ」の世界です。そして女性は、その場所を守り、大きくなる男性の帰りを待つ。「女性はイエを守る存在となるべし」の反映ともいえます。
 
 これに対し『君に届け』では、爽子をはじめ、胡桃沢も矢野といった多くの女の子が悩みながらも、自分の育った土地から新天地へ向かいます。特に矢野は、もともと北海道内での進学を考えていたところ、教師に背を押されて自分を変えるために東京行きを決めます。
「もはや女性も、誰かを待つ存在ではなく、自分の好きなこと/やりたいことのために好きなところにいくのが当たり前」という姿が明確に描かれたと受け取りたい。もちろん風早も、「実家の仕事を手伝いつつも、自分の好きなことを勉強する」という目標を出身地を動かずに実現する道をつかみ取ります。
 
(なお、『君に届け』では、ちずと風早の友人、真田龍のカップルは、真田が野球のために土地を離れ、ちずは真田の実家の店を手伝うというオーソドックスなスタイルで描かれます。)
 

■強まるのは女性同士の絆?

 
 作品のラストは、爽子が風早のもとに戻ってくるシーンで終わりました。爽子の大学生活を考えると、爽子は風早とやりとりをしつつも、「女性同士の連帯」が強まるのではないでしょうか。大学生活や教師になるという進路では同じ大学の胡桃沢が、恋人と離れたことのさびしさにはちずが、親元を離れた新生活については矢野が、それぞれいい相談相手になります。これらの悩み事の共有を経て、それぞれとの絆が深まりそうです。
 
 同じ性別だから悩みや楽しさを共有できるとは限りませんし、性別を超えた絆も十分あり得ます。でも『君に届け』の爽子の成長には、明らかに同性の友人の力が必要でした。「女性の敵は女性」ではなく、女性同士の緩やかなつながりをプラスに描く作品が今後も増えてきてくれればうれしいな、と思います。  

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